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「ば、ばかな……。お前たち二人は、この眼鏡では測定できないほどの数値の持ち主だというのか……」


 やがて、真っ青な顔で男は起き上がった。真っ赤に充血した両目から血の涙を流しながら。


「まあ、数字はこのさいどうでもいいだろ。はやくタイマン勝負しようぜ」


 俺はそんな男に近づき、拳を鳴らしながら言った。


 だが男は、


「ああ、もちろんだとも。この中の誰かが、私と一対一で戦うことになるだろう!」


 と、などとおかしなことを言っており。


「誰かってなんだよ?」

「ふふ……私の勝負の相手はこれで決めるということだ!」


 そう言って、男が棺の中から取り出したのは二枚重ねの丸い板だった。上の板が回る仕組みになっているようだ。円周上にピンもある。まさか、これって……。


「この板にお前たちの名前を書いて、ぐるぐる回す。そして、このピンの止まったところに名前が書かれている者と私は戦う。どうだ、なんと素晴らしいアイデアだろう!」

「いや、素晴らしいっていうか」


 宝くじの当選番号の抽選とかに使うルーレットかな?


「まあいい、どういうやり方でもいいから早く終わらせろ、こんな茶番」

「ふふ、ではお前たち、ここにそれぞれ自分の名前を書いていきたまえ」


 男はどこからか取り出したペンでルーレットの丸い板を中心からきれいに五等分し、さらに俺にそのペンを手渡した。俺たちは言われた通り、そこに次々と自分の名前を書いていった。まあ、変態女はまだ目を覚まさないので俺が代わりに書いたが。


 やがて、男はそのルーレットを壁に設置し、回し始めた。ぐるぐる。いったいどいつの名前のところにピンは止まるのか。俺に止まればすぐ倒せるんだがなあ、こんなやつ。


 と、ぼんやり思っていると、ピンが俺の名前にさしかかったところで板の動きが鈍くなった。おお、これは俺に決まる感じの動き!


 だが、その瞬間、板は不自然に加速し、ピンは俺の名前を飛び越えていった。さらに、俺の横のリュクサンドールの名前も飛び越え、シャラのところで急停止した。


 うーん、これは……。


「なあ、お前、これになにか細工してるだろ? 明らかに俺たちの中から一番弱いやつ選んだだろ? そのためにわざわざ眼鏡で戦闘力測定したんだろ?」

「はは、何を言う! この板の選定は公正にして絶対だ。不正などないっ!」


 男はしらじらしく言う。そんなわけないと思うんだがなあ。


「はっ、まさかアタイに決まるとはね! あんたみたいなウドの大木、アタイの氷結魔法の敵じゃないよ!」


 一方、スケバンモードのシャラはやる気満々のようだ。俺たちの中で一番弱いから選ばれたのになあ。


 まあ、弱いって言っても、あくまで「俺たちの中で」だけどな。


「ふふ、たとえ相手が女性であろうと、私は手加減はしない! さあ、正真正銘の一対一の勝負をはじめようか!」


 と、男とシャラはすぐにタイマンバトルを始めた。


 そして当然――シャラが勝った。一瞬のうちに、男に圧勝したのだった。


「ば、ばかな……この私が、なぜ……」


 と、おののいている男の体は半分以上がコチコチに凍っている。シャラの戦法は極めてシンプルだった。男に即座に凍結時間フローズンタイムを使い、動きを停止させたところで、その背後に回り込み、凍結時間フローズンタイムを解除させたのち、その背中から氷結魔法を浴びせたのだった。


「この女、魔力はたいしたことねえけど、テクは相当なんだぜ? 氷結魔法しか使えないみたいだが」


 俺は凍っている男にそっと教えてやった。あんな眼鏡で魔力の絶対量だけ測っても、それで戦闘能力がわかるわけないよな。


「はは、とんだフニャチン野郎だね! 威勢がいいのは口だけかい!」


 シャラは高笑いしている。こいついつまでこのスケバンキャラなんだろう。


「まあ、何はともあれ、今度こそ間違いなくタイマンで負けたよな、お前? こんな女に瞬殺されて敗北感マックスだよな?」

「ああ、私の心は敗北感でいっぱいだ! 相手が女性だからと油断したばかりに! くうう!」


 男はくやしそうに顔をしかめて再び血の涙を流し、やがてその体はすっと消えた。さっきの編み物男と同様に。その場にはレンズが割れた眼鏡だけが残った。


「もしかして、最後の一人の居場所はこれを使って探すのか?」


 俺はその眼鏡を拾った。すると、眼鏡から一筋の光が出てきた。それは、近くの壁の一か所に当たっている。


「今度はここか?」


 試しにその壁を壊すと、また通路が出てきた。次はここに進めばいいのか。しかし、さっきから壁を壊して進んでばっかりだな、俺たち。

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