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「いや、待てよ? この封印の術をかけたのは、あのラファディって男のはず。つまり、あいつの母親の旧姓がわかれば、こっから先に進めるってことか?」


 俺ははっとひらめいた。そうだ、相手の名前と過去にやらかした経歴はわかっているんだ。そこからさらに詳しい情報があれば……。


「おい、あのラファディってやつの母親の旧姓、魔法で調べられないか?」


 俺はすぐに変態女に尋ねてみた。こういうときやっぱり頼りになるのはこいつしかいない。他の二人、いや三人はダメだ。


 だが、変態女は険しい顔のまま無言で首を振るだけだった。見ると、その目の前には小さな魔法陣が浮いており、変態女はそれに手をかざして何か魔法を使っているようだ。


「何やってんだよ?」

「外のキャゼリーヌさんと通信して、それらしい記録がないか、世界中のデータベースを検索してもらっているの。でも、なにせ三百年以上もここに引きこもっていた人物のことだし、ろくに記録は残ってないみたいね」

「……だろうなあ」


 まあ、そう簡単に誰でも調べられる情報なら、こういう「秘密の言葉」にはならないよね。


「じゃあ、ハッキングっていうか不正アクセス的なやつで、どうにかこの認証を突破できないか?」

「時間があれば可能かもしれないけれど」

「どれぐらい?」

「二百七十八時間ぐらいかしら」

「……さすがにそれは」


 時間かかりすぎじゃないですかねー。


 だが、そんなとき、俺はふと気づいた。顔の下にうっすら「秘密の言葉を忘れた方はこちらをクリック」の文字があるのを。


「なんだ、秘密の言葉なんて、別にわからなくてもいいんじゃねえか」


 俺はすぐにそこをタッチした。ぽちっとな。直後、変態女が「あ、それはダメ!」と言ったが、すでに後の祭りだった……。


 そう、直後、顔のやつはこう言ってきたのだ。


「秘密の言葉を再設定するための認証コードを登録されている端末に送信しました。五分以内に四桁の数字を入力してください」

「なん……だと……」


 認証コード! 今度はそう来たか! しかも登録されている端末に送信されたんですって! そんなのどこにあるんだよ!


「なお、五分以内に入力が完了しない場合、もしくは、三回入力に失敗した場合は、このアカウントは二十四時間ロックされます」

「ちょ、待て……」


 アカウントって何! しかも、このまま何もしないでいると五分以内にロックですって! よくわからないが、よくないことになりそうなのは間違いないだろう。


「こ、ここにいる人で、認証コード受信した人、手を上げて―!」


 ダメもとで呼びかけてみたが、みんな首を振るだけだった。くっそ、使えねえ連中だな。


「くっ……しょうがねえ! いちかばちか、あてずっぽうで入力してみるか!」


 そうだ、四桁の数字のどれかなんだから、適当に数字を入れても、約一万分の一くらいの確率で当たるはず。ゼロじゃない。人が壁をすり抜ける確率よりは高いし、いける!


「よし! 貴様にふさわしい数字は決まった! 0721!」


 と、顔の横にあったテンキーに入力してみたが、当然はずれたでござる……。


「ぐうっ! しかし、一つの可能性がついえたことで、さらに当選確率はアップした! 次はもう当たったも同然! 食らいやがれ! 1919!」


 って、入力したけど、まあ当たるはずもなく。


「なぜだ! 俺がこんなに死力を尽くして戦っているのに、なぜこいつはこんなにも平気な顔をして立っていられるんだ!」


 俺はその場にがっくりと膝を落とし、うなだれた。もはやチャンスはあと一回だが、当たる予感はまるでしない……。


 と、そのとき、


「ああ、そっか。アルは戦ってるんだな」


 ヒューヴが何か思いついたようだった。


「そういうことなら、オレも助太刀するぜ!」


 そう叫ぶやいなや、ヒューヴはあろうことか、壁に浮かび上がった顔に向かって、ブラストボウをぶっぱなした!


 ドーンッ!


 当然、壁は粉砕された。さらに、矢は隣の部屋も突き抜け、城外に飛んで行ったようだった。


「ちょ、おま! 何やってんだよ!」

「え? こういうときは、門番を倒せばいいんじゃねえの?」

「いや、あの人?は門番じゃない! ただのシステムだから! 倒しちゃダメなやつだから!」


 俺はヒューヴのポンチョの胸倉をつかんで怒鳴った。あと一回チャンスがあったのに、何てことしてくれるのよ!


 だが、そこで、


「見て、勇者様」


 変態女が床に散らばった壁の破片を指さした。見ると、それはうっすら金色に光っている……?


 と、直後、それはひとりでに動いて、一か所に集まり始めた。そして、床の上でジグソーパズルが完成したみたいに元の階段の絵になり――強い光とともに、階段そのものになった。そう、絵でなく。


「なん……だと……!」


 ぶち壊してよかったのかよ!


「なるほどね。この場合、ソフトではなくハードへのアプローチが正解だったみたいね。さすがだわ、ヒューヴ君」


 変態女もヒューヴを褒めている。俺は? 俺、けっこうがんばったんですけど!


「いやあ、あざやかな解決法ですね、ヒューヴ君。まさに快刀乱麻を断つです」

「見事だわ」


 と、リュクサンドールとシャラもヒューヴをたたえはじめた。


「こ、今回はたまたまなんだからなっ! 勘違いするなよな!」


 俺はへらへら笑っているヒューヴに叫ばずにはいられなかった。

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