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『マスター、いい感じに打ち解けたようですし、そろそろ本題を切り出すタイミングですヨー?』

「ああ、そうだったな」


 BLなんかどうでもいいんだ。何がリバだよ誘い受けだよ。ばかばかしい。


「なあ、そろそろこいつらの術を解いてくれないか。実は、こいつらもその本のファンでさ」

「そうね。この二人の術なら解いてあげてもいいわ」


 と、ヒューヴとリュクサンドールを指さすシャラだった。


「ちょ、待て。なんでこいつらだけなんだよ?」

「だって、よく見たら二人ともイケメンだし」

「いや、顔は関係ないだろ! この人の術も解いてあげようよ!」


 俺は変態女を指さし、必死に訴えたが、


「いやよ。こんないかにも『見せつけてる』って感じのファッションの女、私嫌いなの。でかければいいってもんじゃないわよ」


 どうやらシャラは変態女の巨乳にイラついているようだ。見たところこいつは貧乳そのものだからだろうか。


 いやでも、よりによって、変態女だけこのままというのも困る。というか、むしろ変態女だけ術を解いてほしいんだが!


 と、そのときだった。


「……残念ね。あなたみたいな優秀な魔術師に嫌われてしまったなんて」


 という声とともに、その変態女が動き出した! 術が突然解けたようだった。


「な、なんで……」


 シャラは当然、びっくり仰天している。


「ごめんなさいね。本当はすぐにでも動けたんだけど、なんだか面白そうだからしばらく様子見してたの」


 変態女はいたずらっぽくウィンクしながら言った。


「ちょ、ちょっと待って! 私の凍結時間フローズン・タイムは空間そのものを凍結させる魔法なのよ! なんで自力で解除なんか――」

「悪いわね。私って、そういう魔法に対する対策用の術を、つねに自分にかけているのよ。人生、何があるかわからないでしょう?」

「あらかじめ対策してたですってえ……」


 シャラは顔面蒼白だ。完全にやられたという感じか。


 まあこいつはもうどうでもいいか。適当にボコって、変態女だけ連れて先に進むか。残った二人の男は何やっても術が解けないらしいからな。そう、何をやっても……。


 と、思ったわけだったが、


「……あれ? なんか様子がおかしいですね?」


 という声とともに、リュクサンドールも勝手に動き出しやがった。こいつも術が解けたのかよ。


「な、なんであんたまで術が解けてるのよ!」

「あ、なんか今まで封印系の魔法を使われてたみたいですね? たぶん僕、昔から色んな人にそういう魔法いっぱい使われてきましたから、耐性ができてるんじゃないでしょうかねー?」

「耐性……ですって! そんなデタラメな話があるわけないでしょう!」


 存在そのものがデタラメな男にそれ言ってもな。


「だいたい、色んな人に封印系の魔法を受け続けてきたって、あなたいったいどういう人生を歩んできたのよ!」

「ああ、こう見えても、彼は世界で一番邪悪な呪術師なのよ」


 と、変態女がかわりに答えた。


「いや、サキさん、邪悪は余計ですよ。僕はただ真摯に呪術を研究しているだけなんですからね」


 邪悪な魔物はへらへら笑って言う。自覚がない邪悪ってほんとやっかいよね。


「呪術、ですって……」


 と、シャラの顔はますます青くなった。こいつ、呪術にトラウマでもあるのか。まあ、人の心にトラウマを植え付けるしか使い道のない術だが。


「呪術はすばらしいんですよ。ほら、こんなかわいらしい動物も召喚できます」


 呪術オタは変態女と一緒に時間停止が解けた冥府の番犬セルベロスのレア個体(ほぼチワワ)を持ち上げ、シャラに差し出した。


「あ、確かにかわいいかも」


 その愛くるしい姿にシャラもとたんに心を奪われたようだった。無防備にチワワを受け取った。


 そして、直後――そのチワワに襲われた!


「ギャアアアアッ!」


 チワワのやつ、やはり狂暴そのものだった。シャラの手に渡されるやいなや、シャラの顔面に食いつき、何やら食いちぎり、さらに腹にもかみついて、何やら腹の中から引きずり出していた……って、一か月前の俺よりだいぶ悲惨な光景だな、オイ! 防御力低いとこんなに被害が出るのかよ、このクソ犬。


「あ、言い忘れてましたけど、冥府の番犬セルベロスのレア個体は、通常個体と同じ攻撃力と狂暴性を持っています」


 と、のほほんと言う呪術バカだった。なぜこいつは、いつも肝心なことを言い忘れるのか。やはり邪悪の権化か。


「まあ、大変」


 と、変態女はあわてて半分肉塊と化しているシャラに近づき、チワワを引きはがした。そして、回復魔法を使ったようだった。たちまち、その肉塊が元の姿に再生した。ドレスはボロボロのままだが。


「だいじょうぶかしら、シャラさん?」

「だ、だいじょうぶなわけないでしょう! うええええんっ!」


 よほど怖い思いをしたのだろう。シャラは子供みたいに大泣きしはじめた。


「シャラさん、これにこりたら、もうこの二人には手を出さないことね。また痛い思いをするわよ?」


 と、変態女は俺とリュクサンドールを交互に指さしながら言う……って、俺もこの呪術オタと同じ扱いなのかよ!


「……わかったわ。二人とも、ついかっとなって攻撃しちゃってごめんなさい。私が悪かったわ、許してください」


 シャラは涙目のまま俺たちに何度も頭を下げた。そして、残ったヒューヴの時間停止の術を解くと、そのまま出口のほうに逃げて行ってしまった。

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