378

 く……こういうとき、俺はどうすればいいんだ?


 俺はひたすら困惑した。こいつが言う通り、俺は剣を振るしか能がない戦闘バカだ。こういうふうに人質を取られたときにどうすればいいかなんか、わかるわけない。そんなマニュアル、頭に入ってないってばよ!


 って、そうだ。ここには俺以外にも「もう一人」いたっけな。俺よりかはだいぶ物知りで悪知恵の働きそうな。


「おい、今の状況をなんとかする方法を考えろ」


 と、俺はゴミ魔剣、いや、ゴミ魔剣様に小声で言った。もはや頼れるのはこいつしかいない……と、思ったわけだったが、


『イヤー、この場合はマスターがなんとかするしかないんじゃないですカネー?』


 頼りにならない答えしか返ってこなかった。うおおお、使えねえ!


「いや、俺に何をしろって言うんだよ! こいつを攻撃できないんだぞ! 俺マジただの役立たずじゃん……って、待てよ?」


 そこで俺ははっと気づいた。このシャラとかいうクソ女の「自分を殴ったり殺したりしたら時間停止の魔法は永遠に解けない」という言葉は、本当なのかと。もしかすると、俺に殴られたくない一心で、とっさについた嘘なんじゃないかと。


「なあ、あいつの凍結時間フローズン・タイムって術は、本当に術者が殴られたり死んだりしたら、解除不能になるものなのか?」


 あらためて、博識なゴミ魔剣様に尋ねてみた。


『そうですネー? 一般的に、その手の魔法は術者が死ぬと強制解除ってものが多いですネ。ただ、その魔法はあの三百年放置女のオリジナル魔術のようでしテ、ワタシのデータベースにはヒットしないんですよネ。なので、ワタシのほうから、はっきりしたことは何も言えんので。すまんこったい』

「つまり、何もわかんねえのかよ」


 はー、やっぱこいつただのゴミだわ。俺がそれなりのピンチなのに、まったく役に立たねえ。


『ただ、あの三百年放置女は、相当なクソザコメンタルの持ち主のようなので、何かちょっと甘い辛い渋い酸っぱい言葉で揺さぶりをかけてみたら、説得できそうですがネ?』

「ようするに、交渉するしかないってことかよ」


 うーん、俺にとっては不得意分野すぎるが、他に選択肢はないみたいだな。


「おい、そこの女。シャラとか言ったな。とっととこいつらの術を解きやがれ!」


 とりあえず、近くの壁を拳でぶっ叩きながら「お願い」してみたが、


「あ、あんたなんかの言うこと聞くわけないでしょ!」


 シャラは体を縮こませ、震えた声でこう言うだけだった。おいおい、いきなり交渉失敗かよ。


『マスター、そういうときはリメンバー。思い出してごらんよ。北風と太陽の物語』

「ああ、そういう童話あったな。つまり、北風じゃなくて太陽になれってか」


 めんどくせえな。


「おい、そこの女……じゃなくて、レディ! とっとと俺の仲間の術を解いてくださいませんか!」


 今度は指の関節をぽきぽき鳴らしながら揉み手して、さらに頭を下げてみたが、


「こ、こっちに来るんじゃないわよ!」


 なんかますますおびえられたようだった。これでもダメなのかよ。


『マスター、こういうときは、相手の心を揺さぶる言葉ですヨ?』

「いや、こいつの心なら十分揺さぶってるだろ?」


 負の方向にナー。


『もっと違う方向に揺さぶらないとダメってことでさあ』

「違う方向に、ね……」


 他に何かあったかなあ……って、そうだ! こいつはオタクの腐女子みたいなもんなんだから――、


「なあ、シャラ。俺もシャンティア英雄戦記ってやつ、読んだことあるぜ。すげー面白いよな、あれ!」


 と、言ってみた。そうそう、オタクは基本的に自分の好きな作品の話を振られると弱いからな。


「本当に? あなたみたいな男でも、あの本の良さがわかるの?」


 シャラは案の定、俺の言葉に食いついてきたようだった。多少、半信半疑ではあったが。


「もちろんだぜ! 俺、ああいうホモ小説、実は大好きなんだよな。いわゆる腐男子ってやつ?」

「ハア? あなた何言ってるの? シャンティア英雄戦記はガチのBLじゃなくて、ブロマンスなんだけど! ホモ小説なんて雑な言い方しないでくれる!」

「え、あ、はい……すまん」


 ガチのBLとどう違うんだ。さっぱりわからん。


「で、あなたはどのカプが最萌えなの?」

「か、かぷ……」


 えーっと、カプリコならいちご味が好きかなって。


「そ、それはもちろん、王道公式カップルというか、聖騎士と王子のカップルがいいと思いますよ!」

「受けはどっち?」

「う、受け……」


 やべえ、BLって魔界すぎる。さっきから俺の知らない単語ばっかり出てくるぜ。


「えーっと、受け身が得意なのはたぶん聖騎士のほうかな? 普段から体を鍛えてるし」

「まあ、あなたも騎士様受け派なのね! 私と同じじゃない!」

「あらやだ」


 なんか適当に言ったら波長あっちゃったわ。


「ま、でも、騎士様受けは私の中ではもう古いかなって。最近はどっちかというとリバのほうが沼だし」

「リ、リバ……」


 リバー? 川のことかな? でも沼って言ってるし。ようはぐちょぐちょした何かか?


「あと、サブカプだと腹黒宰相と国王のカプも萌えよね。あの宰相、いかにも誘い受けだし」

「誘い受け……」


 なんかもうよくわからん。俺たちはさっきから、いったい何の話をしてるんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る