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 女は見たところ二十代なかばくらいに見えた。髪は長く銀色で、肌は白く、体つきはかなりほっそりとしている。そして、そんな細身の体のラインが遠くからでも明らかなほどに、体にぴったりフィットした紺色のドレスを身にまとっていた。


「お前、やっぱりここの氷の封印を手掛けた術師か?」

「そうね。まあ、私の作品はすべてあなたたちが破壊したようだけれど」


 女はきれいに片付いた周りを見回しながら言う。私の作品、という言葉遣いのわりに、俺たちがやったことは特に怒ってはいないようだった。まあ、当然か。ここのモンスターはただのゴミみたいなもんだしな。


「そうか。誰だか知らないけど、今までお勤めご苦労さん。俺たちは先に進むから、あんたも早く家に帰って――」

「先に進む? 何を言っているの? あなたたちにそんな未来はなくてよ」


 女は俺を強くにらみながら言った。氷のような冷ややかな視線だった。


「あなたたちは私を助けに来たのでしょうけれど、いくらなんでも、来るのがおそすぎるわ!」

「え? あんたを助けにって?」

「え」

「俺たち、別にあんたを助けに来たわけじゃないんだが? ここのモンスターを全部片づけに来ただけなんだが?」

「な、なにを言っているの! ここのモンスターを全部片づけるなんてできるわけないじゃない! 誰にも倒せないからこそ、ここに封印されているのよ!」

「いや、現にここまでは掃討できてるんだが……」

「だ、黙りなさい!」


 女は何かむきになったようで、顔を真っ赤にして怒鳴った。さっきまでのクールな表情とは大違いだ。


「たとえそれが可能だとしても、まずはここに閉じ込められた私を助けに来るのが先でしょう! いったいどれくらい私がここに閉じ込められていたと思っているの!」

「よく知らんけど、三百年以上かな?」

「はっ。またたいそうなことを言う男ね! いくらなんでも、そんなに長い時間がたっているわけないじゃない!」

「え、いや、そのう……」


 話がよく見えない。この女はいったい何なんだ。


「なあ、ここって、お前が眠りについてからも人が出入りしてるところなのか?」


 試しに近くの亀妖精にこっそり尋ねてみたが、


「いや、ここベルガド封印窟は三百年以上封鎖されておった。それは間違いない。あの女は、少々思い違いをしておるだけじゃな」

「だよなあ」


 そもそもここって、あの霊の男をどかさないと来れない場所だしなあ。


「なあ、お前ってそもそも、なんでこんなところにいるんだ? 閉じ込められたって言ってたけど」

「いい質問ね。まずは私の自己紹介といきましょうか。私の名前はシャラ。氷結系最強の魔術師よ!」


 謎の女、シャラはそう言うと、何やらポーズを決めた。見た目よりは幼い性格をしているようだ。


「さっきまでここにたくさんのモンスターが氷漬けにされていたはずだけど、それはすべて私の氷結魔法によるものなの。私は、ベルガドの女王陛下からの依頼で、どうしても倒すことのできない凶悪なモンスターをここに封印する仕事をしていたのよ」

「ベルガドの女王陛下ね。何年前の話かしらね」


 と、変態女が小声でつぶやくのが聞こえた。確か、このベルガドの今の王は男だったはず。やはりこの女、三百年以上ここにいたのか。


「私は自分の仕事に誇りを持っていたわ。単にここにモンスターを封印して終わりというだけではなく、定期的にここに封印の具合を確認しに来ていたの。まあ、プロだもの、これぐらいは当然よね」


 シャラは誇らしげに髪をかきあげながら言う。


「でも、そんなある日、私はここから出られなくなってしまったの! ここの真上に、巨大な謎の物体が置かれてしまったみたいで!」

「ああ、あの遊具か」


 なるほど、それで「閉じ込められた」って言ってたんだな、この女。


「安心しろ。それはもう俺たちが片づけたから、お前は自由だぞ」

「はっ! 何を言ってるの! 私がここにいるということも確認せずにあんなものを置いて、私をここに閉じ込めるなんて! 許されざる悪行じゃない!」

「いや、そんなん俺たちに言われても……」


 関係なさすぎなんだが!


「だから、私は決めたの。きっとそのうち誰かが私を助けに来るはず。そのときに、そのふざけた謎の物体を置いた人間のことを聞こうと! そして彼らに復讐しようと!」

「いや、そいつらもう死んでるはずだぞ」

「えっ、もしかして誰かが私の復讐を代行してくれたの! 私を愛する誰かが! そうなのね!」

「さ、さあ?」


 この女、けっこう思い込みが激しいアレな性格してるみたいだな。


「それにしても、シャラさん。あなた、ずっとここに閉じ込めらていたというわりには、すごく元気そうね? 何か術を使ったのかしら?」


 と、変態女がシャラに尋ねた。


「もちろんよ。こんなところで干からびて終わる私じゃないわ。外に出る手段がない、救助が来る気配もないとわかった後、私は凍結睡眠コールドスリープの術で、自分の生命活動を停止させたわ。ここに誰かが入ってくると同時に術が解除されるように設定してね」

「ああ、それで……」


 この女、自分が三百年以上もここにいたってわかってないんだな。ずっと術で寝てたから。


「そっか。つまり、シャラちゃん、ここで三百年以上も放置されてたってことかー」

「三百年もの間、誰も助けに来なかったんですね。ひどい話ですねえ」


 と、バカと呪術師が口をそろえて言った。わざわざ言わなくてもいい真実を。


「な、なにを言っているの! この氷結系最強にして超有能魔術師の私が、三百年もの間ここに放置されていただなんて、そんなことあるはず――」

「あるよ」

「ないわ!」


 瞬間、シャラは激怒したようだった。いきなり魔法で氷の刃を出し、こっちに飛ばしてきた。


 まあ、それは普通によけたが……、


「そんなふざけたことを言うなんて、絶対に許さない!」


 と、俺たちに敵意をむき出しのシャラだった。

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