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「ちょっと待て。俺たちは別にお前の敵じゃねえぞ?」


 俺はあわててシャラに言った。事情を聞く限り、戦う理由はなさそうだったし。


 だが、


「何を言うの! この私を、三百年以上もここに放置されていたかわいそうな女呼ばわりしておいて!」


 シャラは依然として怒ったままだった。完全に頭に血が上っている様子だ。


「いや、かわいそうな女っていうか、お前が三百年以上放置されてたのはまぎれもない事実だから、とりあえず落ち着け――」

「そんなこと言われて、落ち着けるもんですか!」


 シャラは再び魔法で氷の刃を飛ばしてきた。俺はやはりそれをよけたが、よりによってヒューヴのほうにもそれが飛んできやがった。


 当然、ヒューヴはそれをかわした直後に、シャラに向けてボウガンで反撃したわけで、


「きゃあっ!」


 そのボウガンの矢はシャラの眉間に突き刺さってしまった。おいおい、一撃必殺かよ。


「まあ、大変!」


 変態女はすぐにシャラに駆け寄り、頭から矢を抜いて回復魔法を使った。ぴくぴく痙攣しながら白目をむいて倒れていたその体が、再び動き始めた。


「い、いきなり何をするのよ、あなたは!」

「いや、それはこっちのセリフだろ」


 お前のほうから攻撃してきたんだろうがよ。


「あ、悪い悪い。オレなんか、攻撃されるとつい反撃しちゃんだよな。クセになってるみたいでさー」


 ヒューヴはへらへら笑いながら言う。人をさらっと瞬殺しておいて、この軽さ。まあ、こいつの反撃がサブウェポンのボウガンだったのは救いだったか。ブラストボウなら、体ごと吹っ飛んでるだろうからな。


「シャラさん、あなたの気持ちはよくわかるわ。こんなところに、三百年以上も放置されてただなんて、さぞやショックなことでしょう。でも、だからといって、いきなり攻撃してくるのはよくないわよ。まずは話し合いましょう」


 と、変態女は格好に似つかわしくないまともなことを言うが、


「う、うるさいわね! いちいち私に指図するんじゃないわよ!」


 シャラはやはり聞く耳をもたないようだ。


「だいたい、本当に私がここに三百年以上もいたっていうのなら、私が一番この中で年上でしょう! 年下のあなたたちにとやかく言われる筋合いはないわ!」

「あるよ」

「え」

「たぶん、あんたより、こいつのほうが年上だぞ」


 と、俺は近くのバカを指さした。


「そうそう、オレ、四百歳くらいだし? 長生きだしー」

「四百歳!」


 シャラはさすがにびっくりしたようだった。


「あ、ヒューヴ君ってそんなに長生きだったんですか」


 と、ついでに呪術バカも驚いたようだった。


「実は、呪術の中には二百年、三百年と生きた動物がいけにえに必要なものもあるんですよ。そういう術の研究の時にはぜひ協力してほしいものですね」

「えー、なんかめんどくさそうだから、ヤダー」

「うーん、それは残念」


 と、何か狂った会話をしている男二人だった。


「そうか、わかったわ! そのノリの軽さ! 頭のゆるさ! その有翼人の男は、古代翼人エインシャント・ウィングね!」


 シャラもようやくそのバカの正体を察したようだった。


「なるほどね。確かに長命種と言われる古代翼人エインシャント・ウィングなら四百歳でも不思議はないわね」

「そうそう。つまり、オレのほうが年上で、シャラちゃんより偉いのだ。はっはー」

「何言ってるの! 年上だからって偉いわけないでしょう!」


 と、自分がさっき言ったことも忘れているような女だった。


「……まあいいわ。本当に私が三百年以上ここに放置されていたとして、そして、その間もあなたは生き続けていたとしたら、あなたは当然、私がここに閉じ込められる前に読んでいた『シャンティア英雄戦記』の新刊の内容を知っているはずよね? 教えて頂戴、あの聖騎士と王子の結末はどうなったの?」

「え、なにそれ?」


 ヒューヴは首を傾げた。まあ、昨日のことも覚えてないやつなのに、三百年前のナントカとかいう本の内容なんかわかるわけないか。


 と、そこで、


『あ、その本の内容ならワタシ、知ってますヨー』


 ゴミ魔剣の声が聞こえてきた。そういや、こいつはこのバカよりもよっぽど長生きだったな。


『その本は、当時若い女性に相当な人気だったのですヨ。イケメンの聖騎士と、美少年の王子の絡みがかなり濃厚でしテ』

「そういう本なのかよ」


 BLじゃねえか!


「まあ、本の内容はいい。その二人が最後にどうなったか教えろ。それを言えば、あの女は満足するみたいだからな」

『アッ、ハーイ。それはもちろん、二人はそれぞれの婚約者の女性と結ばれて終わりましたとさ。めでたし、めでたし』

「ハッピーエンドなのか、それ?」


 よくわからんが、とりあえずヒューヴに耳打ちし、その内容をそのままシャラに伝えさせた――が、


「なんですって! よりによって、ノンケエンドですって! 今まで二人が培ってきた愛はいったいなんだったの! そんなふざけた結末ありえない!」


 あれ? なんかさっきよりも激しく怒ってらっしゃる……。


『シャンティア英雄戦記とやらの結末は、当時の女性読者からも総スカン食らったみたいですからネー。BLで釣っておいて、最後に日和ってノマカプエンドじゃ当然ですネー』

「ちょ、そんなクソ最終回な本だったのかよ!」


 まあ、実際そういう本よくあるけどさあ。最終回で突然の夢オチとかさあ。


「許せない! 二人がそんな結末を迎えるこの世界なんて、いっそ滅べばいいわ!」


 シャラはますます俺たちに敵意をむき出しにしたようだ……って、なんでこうなるんだよ?

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