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 俺がウェディングケーキを割って作った道は、幸いにもゴールの結婚式場の教会に直結していた。正面にまっすぐ道を作ったからだろうか。このステージ、強制花嫁コスとか突然の母乳攻撃とか色々狂っているが、構造自体はシンプルなようだ。そのまま教会に突入した。屋根の上にでかでかと、クロイツェ教のシンボル、三本の剣を交差させた聖印が掲げられているところだ。


 中に入ってみると、そこには新郎役のユリィが俺を待って……いるわけはなかった。新郎役はちゃんとそこにいたが、例の謎火星人だった。今はちゃんとそれっぽく、白いタキシードを着ている。


「おお、我が麗しの花嫁よ。その純白を汚されることなく、よくぞここまで参った。ささ、早くこちらへ」


 と、新郎コスの謎火星人は触手で手招きしてくる。口調が今までとはまた違うから、こいつはさっきのやつとは別個体の三号か。まあ、どうでもいいか。すぐに指示通りにそっちに駆け寄った。ブーケに表示されている時間はすでに残り十秒を切っていた。


「これでゴールなんだな?」

「ああ、これは我々二人の愛の終着点。だが、同時に始まりでもある」

「いや、これ以上何か始めなくていいから!」


 はよこのふざけたゲームを終わらせろ。


「ふふ。わかっている。こちらに進みたまえ」


 と、謎火星人は教会の奥にあったクロイツェ教のシンボルを触手で指した。たちまち、それは扉へと形を変えた。


「よし、これに入ればクリアか!」


 俺はただちにそこに飛び込んだ。そして、直後――穴に落ちた! またしても扉の一歩先に落とし穴があったのだった。


「ほ、ほわあああああっ!」


 いや、だから、俺この叫び声上げるの何度目よ?


 まあしかし、それがこの遊具の出口だったのは間違いないようだった。俺が落ちた先は、例の永劫地縛霊がいるホールのど真ん中だった。その天井の穴から排出されたらしい。マジでどういう構造になってんだこの遊具。


 しかも、俺とほぼ同じタイミングでヒューヴも天井の穴から落ちてきた。ウエディングドレス姿で。やっぱお前もあのステージやらされてたんかい。


「あら、勇者様たち、やっとクリアなの。遅かったわねえ」

「僕たちのほうが早くクリアしちゃったみたいですねー」


 さらに、そこにはすでにクリアしたと思われる、変態女と呪術バカの姿があった。二人ともやはりウェディングドレス姿……ではなかった。呪術バカのほうはそうなのだが、変態女はいつもの全裸に鎖だけの格好だ。なぜよりによって男三人だけ花嫁コスなんだ。気持ち悪いんだが?


 というか、何気に俺、こいつらより順位下かよ。つか、ヒューヴと同着の最下位じゃねえか。納得いかねえなあ!


「おい、なんでお前ら、そんなに早くクリアしてんだよ! インチキしたんじゃねえだろうな!」

「あら? 私はただ、転送魔法でゴールまで一瞬で移動しただけだけど?」


 と、変態女はしれっと答えた。


「て、転送魔法だと! やっぱズルしてるじゃねえか!」

「魔法を使ってはダメというルールはどこにもなかったはずだけど?」

「う」


 言われてみれば確かに。


「い、いやでも、こんなのはさすがに反則でしょう! そうでしょう、そこのお方!」


 と、永劫地縛霊の男に訴えたが、


「転送魔法だと! なぜそんなものがあの中で使えるのだ! その手の魔法は一切使えないように、何重にも魔術障壁を張り巡らせていたのに!」


 男は変態女の答えにびっくりしている様子で、俺の言葉なんか聞いちゃいねえ。


「……そうね、確かにそういう魔術障壁はあったわね。でも、何百年も前の術式だったし、破るのは簡単だったわよ」


 変態女はさらにしれっと答えた。江戸時代の南京錠を現代の鍵師が破ったみたいな話かな?


「そ、そうか……。私の技術はもう古いのか……」


 永劫地縛霊の男はショックで青ざめた。まあ、元から青いんだが。


「まあ、そこの女がワープでインチキしたっていうなら、それでいいが、お前はどうなんだよ。なんで俺たちより早くゴールできてるんだよ?」


 俺は今度は呪術バカに尋ねた。


「え、僕はただまっすぐ進んだだけですよ?」

「まっすぐ? いや、なんか色々障害物とかあっただろ?」

「はい。罠とか女の人とか、色々飛んできましたけど、物理障壁で全部防ぐことができました」

「ぶ、物理障壁……」


 そういや、こいつそういうチート能力持ってたなあ! くそう!


「い、いやでも、三番目のステージはどうクリアしたんだよ! お前、リズムに合わせて光るパネルをタッチとか、どう考えてもできるタイプじゃねえだろ!」

「ああ、そこは闇の翼でなんとかなりました」

「え」

「僕、基本的にインドア派で自分の手足を使うのは苦手なんですけど、闇の翼はかなり素早く動かせるんですよねー」


 と、リュクサンドールはデモンストレーションのように、背中から闇の翼を出してシュババババッ!と素早く動かした。確かにその動きは相当早い。


「実はこの闇の翼、速いだけじゃなくて、細かい作業も得意なんですよ。少し前、お金に困ったときに、この闇の翼を使って、レストランのメニューの裏の文字をものすごく小さく書くというアルバイトをしたこともあったんです」

「レストランのメニューの文字?」

「はい。僕が書いたのは確か、『なお、記載されている価格は当店会員限定のものです。会員ではないお客様の場合、会員価格の百倍の価格を請求させていただきます』という文章だったはずです」

「あの店かよ!」


 あれ書いたやつどんだけ器用かって思ってたけど、お前だったのかよ! 手先が器用選手権優勝者なみの器用さかよ!


「……ま、まあいい。お前たち魔法使い組がチート能力で早解きしたことは、このさい特別に認めてやろう。だが、ヒューヴ、お前はおかしいだろ。なんでほぼゴールが俺とほぼ同時なんだよ!」

「え? オレもただまっすぐ前に進んだだけだけど?」

「いや、お前なら確実に女湯で足止めくらってるだろ! お前なら!」


 そう、こいつは本当にメシと女のことしか考えてないバカだから!


「え、あの女湯で足止め? それはないだろー。あそこにいるの、汚いババアばっかりだったぞ」

「え」

「あと、いきなり母乳ぶっかけてくるババアもいたなあ。すぐ逃げたけど」

「ど、どういうこと?」


 俺のときと、状況が違い過ぎるんですけど!


「ああ、それは私が魔法を使って、彼の視覚にちょっと干渉したのよ。そうでもしないと、彼絶対にゴールできないでしょう?」


 と、そこで変態女が俺に耳打ちしてきた。


「ちょ、おま……それぞれ別行動してたのに、そんなこともできたのかよ! つか、なんでこのバカだけ難易度下げて、俺は放置だったの! 俺もあそこで見えてるのがババアだったら苦労しなかったわよ!」

「勇者様は魔法耐性が彼よりずっと高いから。そういう術は効きにくいと思って」

「ぐ……ぬぬ……」


 そう言われると、返す言葉もないでござる。


「まあ細かいことはよいではないか。こうして、四人全員、この遊具をクリアしたことじゃし」


 と、どこからともなく亀妖精が現れた。こいつ、途中でどっか行ったと思ったら、もうここに戻ってきていたのか。


「……確かに、四人できちんと遊んでもらえて、私はもう思い残すことは何もない」


 と、永劫地縛霊の男は、何やら満足気に言う。その体も、強く光り始める。お、いよいよ成仏って感じか?


「最後に一つだけ聞きたい。私の遊具、楽しかったかい?」


 男は俺たちに尋ねたが、


「え、別に」


 と、俺。


「セキュリティが甘くて、ちょっと簡単すぎたわね」


 と、変態女。


「僕はただまっすぐ進んだだけですからねえ」


 と、リュクサンドール。


「そうだな。タコみたいな変なやつとか、バカでかいケーキとか楽しかったなー」


 と、ヒューヴがそれぞれ答えた。


「そうか! 楽しかったか! ありがとう、ありがとう!」


 永劫地縛霊の男の耳には、ヒューヴの言葉だけ届いたようだった。満面の笑みを浮かべ、そのまますーっと消えてしまった。同時に、俺たちの着ているウエディングドレスも消え、ホールの周りの扉もなくなり、そこはがらんとした大きな空洞になった。男の霊とともに、遊具も消えたようだった。

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