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「さあ、まずは気軽にプラクティス♪ 失敗を恐れずにチャレンジしてくれたまえ」


 と、謎火星人は俺を採点パネルに囲まれた場所に押し込み、ラジカセを差し出した。このスイッチを押せば、曲は初めからの再生になり、俺のダンスタイムが始まるはずだ。


「……まあ、制限時間を使わないなら、練習し放題か」


 そうそう、こいつの言う通り失敗を恐れてもしゃーない。今はやるしかない。言われた通り、ラジカセのスイッチを押した。ぽちっとな。


 だが、そうやって曲が頭からの再生に戻った直後、


「あ、言い忘れていたが、君の得点が僕の得点を下回った場合、君は自動的にこの遊具のスタート地点に戻されるのだよ。気を付けたまえ」


 と、謎火星人が言うではないか!


「ちょ、待て……」

「さあ、ミュージックスタートだ。楽しく踊ってくれたまえ!」

「クソッ!」


 もはや文句を言っているヒマはなかった。たちまち前後左右のパネルの輪っかが次々と点滅し始め、俺は猛烈な勢いでそれらにタッチして回る羽目になった。


「うおおおおおおっ!」


 この俺の手の動き、まさに千手観音! なんという速さ! もはや悟りの領域だっ!


 ……とまあ、そんな感じで、全力で手を動かし挑んだわけだったが、


「九十五点、初めてにしてはなかなかだな」

「くうううっ!」


 足りない! あと三点、いや四点足りないってばよ!


「というわけで、君はスタート地点に逆戻りだ。さらばだ」


 と、謎火星人が言うやいなや、俺の足元の床はぱかっと開き、まるで野々村君が置いたスーパーひとし君のように、俺は下にボッシュートされてしまったのだった。


「ほ、ほわあああっ!」


 この遊具でこの叫び声上げるの、何度目よ?


 その穴は途中まではただ自由落下しているだけだったが、途中から強力な吸引力で横や上にも引っ張られているようだった。気が付くと、俺は謎火星人の言う通り、この遊具のスタート地点に戻されていた。天井の穴から排出されたようだ。さすがに落とし穴よりは一歩進んだ場所だったが。


「クソッ! こんなんで時間を無駄にしてたまるかよ!」


 俺はすぐにその場から駆け出した。全力で。そう、すでに一度踏破した罠ゾーンと、女どもが消えた女湯ゾーンだ。俺にとっては障害物はもはやないに等しかった。今こそ、あの現場検証でも見せた、俺のハイパー健脚を発揮するとき!


「うおおおおおっ!」


 結果、ものの数秒で謎火星人のいるところまで戻ることができた。


「おお、なんという早い帰還だろう。初回でいきなり九十五点の高得点を出したことといい、君はタダモノではないな?」

「あ、当たり前だろ! 普通の奴が、こんなクソみてえな遊具にチャレンジするわけねえだろ!」


 女どもが突然消えたことといい、この遊具、クソゲーすぎるんですけど!


「いいから、もう一回チャレンジだ。早く曲を最初から流せ!」

「ああ、わかっているよ。制限時間が許す限り、挑戦は何度でもできるからね」


 と、謎火星人はラジカセのスイッチをぽちっと押し、曲は頭から再生されはじめた。ダンスタイム再びだ。そして、俺の千手観音ムーブが、再び前後左右のパネルを襲うっ!


 結果、


「九十七点! すごいな、さっきより上達してるじゃないか!」


 と、褒められながらも、俺は再びスタート地点に戻されたわけだった。


「ふ、ふざけんなっ!」


 そもそも、こういうのは、ほぼほぼ覚えゲーだろうがよ! 俺、マジ初見なんですけど! それでいきなり九十九点以上出せとか、クソにもほどがあるだろうがよっ!


 その後、俺は再び数秒で謎火星人のところに戻ったが、やはり九十九点以上は出せず、スタート地点に戻された。何度も。毎回数秒ずつとはいえ、時間だけが無駄に過ぎていく感じだった。どうすりゃいいんだよ。このままでは五分全部使い切ってしまう!


 と、そのとき、


『マスター、こういうときは、発想の転換ですぜ?』


 久しぶりにゴミ魔剣の声が聞こえてきた。


「いや、発想の転換とか言っても、ただリズムに合わせてパネルにタッチするだけだろ」

『ノンノン。大切なのは、コペルニクス的転回デスヨ?』

「こぺるにくす? なんだよそれ? それに転回って……」


 だが、そこで俺はその言葉にはっとした。


「そ、そうか! 手をやみくもに動かすだけがすべてじゃないんだ!」


 瞬間、目の前に一筋の光が見えた気がした。俺はただちに謎火星人のところに戻り、再びダンスゲーに挑んだ。


 だが、そのスタイルは先ほどまでとは大きく違っていた。さっきまでの俺は、立った姿勢でこのクソゲーに挑んでいた。しかし今は、ひっくり返った亀のように、体をあおむけに寝かせ手足を周りに広げていた。


「うおおおおっ、今こそ、転回するときっ!」


 そして、俺は背中を床にくっつけたまま、コマのように高速回転した! たちまち、俺の手が、足が、周りのパネルの光る輪っかに次々とヒットしていく! そう、このゲームにおいての正解は、千手観音スタイルではなくブレイクダンスだったんだ。この俺の、華麗で無駄のない動き、まさに流星だ!


 やがて、俺はすべてのパネルをタッチし終え、


「おお、なんということだ! 今のは百点! パーフェクトだ!」


 ついにこのステージをクリアした!


「おおおおおっ、やったああっ!」


 うれしい! 超うれしい! 暴マー倒した時よりはるかにうれしいんですけど!


「……僕の役目は終わったようだね。さあ、君は早く先に進みたまえ」


 パネルとラジカセと謎火星人は直後、消えた。代わりに、俺の目の前に大きな扉が現れた。そう、何もない空間に突如として現れた大きな扉。ハガレンなら開けたとたんに色々持っていかれそうな感じだ。


 まあしかし、迷っている暇はない。俺はすぐにそれを開け、先に進んだ――ら、


 ばさっ!


 と、上から何か白い布切れが落ちてきた。しかも、それはまるで意思を持つように俺の体にまとわりついていく!


「うわっ」


 やがて、その動きが止まった時、俺は自分の姿に目を疑った。そう、俺はウエディングドレスを着せられていたのだった。

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