360
やがてユリィは「おやすみなさい」と言って、サキのところに戻っていった。再び一人になった俺は、改めて寝転がり、夜空を仰いだ。星がきらきらまたたいている中に、消え入りそうなほど薄い三日月が浮いていた。見ていると、俺もいよいよまぶたが重くなってきた。そろそろ寝るか……。
だが、そんなふうにうとうとしかけていたそのとき、俺はいきなり「襲撃」を受けた。
「うわっ!」
突然体にのしかかってくる人間ひとりぶんの重み、その肌のやわらかい感触……それらは前にも覚えがあるものだった。
そう、あの変態女がまたしても寝ている俺に馬乗りになってきやがったのだ。
「お、お前、何なんだよ、いきなり!」
「何って決まってるじゃない。今度こそ、勇者様の童貞をいただきに来たってワケ」
サキは俺にまたがったまま、あやしく笑う。今はすでにいつもの全裸に鎖だけの格好に戻っているようだ。わざわざ魔法で取り寄せたんだろうか。焚火のほのかな光が、その褐色の肌を照らしている。
「って、何言ってんだよ、てめえ。前にも言ったが、俺はそんな、誰とでもホイホイやる男じゃねえよ!」
「いいじゃない。ちょっとぐらい楽しみましょうよ」
サキはそう言うと、さらに俺に体を押し付けてきた。うおっ、そのでかいおっぱいが、俺の胸に当たる! 鎖が邪魔すぎるけど当たる!
「ちょ、待て! このままやったら、他のみんなに聞かれちゃうでしょう! 今すぐやめよう、こういうことは!」
俺の股間にやさしくないからさあ!
「あら、それならだいじょうぶよ。ちゃんと音を遮断する術を使っているから」
「え」
「つまり、思いっきり、気兼ねなく楽しめるってコト」
「い、いやいや! いやいやいや! 声がみんなに聞かれないから大丈夫とか、そういう問題じゃないでしょう! こんなに誰かが近くにいるところでやっちゃうとか落ち着かないでしょう! あなた、例えば、人通りの多いところに設置された全面マジックミラーのトイレで用を足せますか! 足せませんよね! たとえ向こうからは見られてないとわかっていても、落ち着かないでしょう! つまりそういうことでしょう!」
変態女を体から引きはがしながら、俺は怒涛の勢いで叫んだが、
「あ、よくわかんないけど、そういう露出的なプレイも楽しそうね?」
変態女には何も伝わってなかった。うーん、さすが変態。
「とにかく、俺はあんたの相手をするつもりはねーんだよ! やりたいだけなら、近くにいるバカの鳥人間に頼むんだな」
「ふふ、そうね。男の子でも初めては大好きな人としたいものよね」
と、サキは少し離れたところで眠っているユリィのほうを見て言った。うう、そりゃ確かにそうだけどさあ……。なんだか恥ずかしくなってくる。
「……ねえ、勇者様。ユリィとずっといてどう?」
「どうって、別に変わったところは何もないが」
呪いのせいで、深い関係にはなれないからなあ。
「本当? 昔のことを思い出したりしてない?」
「ああ、それなら」
俺はサキに、ユリィが少しだけ思い出した子供のころの情景と、謎のリラックス魔法が使えるようになったことを話した。
「まあ、そんなことがあったのね」
サキはまだそのことを知らなかったようだ。まあ、ついおとといの夜のことだからな。
「そのわずかに思い出した記憶によると、ユリィには子供のころに同じ年頃の女の子の友達がいたみたいなんだ。あんた、それが誰だかわかるか?」
「……たぶんね」
それはなぜかあいまいな答えだった。
「へえ。じゃあ、それをユリィに教えてやってくれよ。あいつ、自分の子供のころのことをすごく知りたがってるみたいだしさ」
「無理よ」
「なんで?」
「だって、私が知っていることを全部あの子に伝えたら、本当に何もかも思い出してしまうかもしれないでしょう」
サキは再びユリィのほうを見つめた。なんだかすごく悲しそうな瞳に見えた。
そういえば、さっきの歌も、ユリィには教えたくなさそうな雰囲気だったな。もしかして、この女は、ユリィに子供のころのことを思い出してほしくないんじゃないか。だから、あの歌の存在も今まで内緒にしてたんだろう。
「なあ、ユリィが忘れてることって、あいつにとってはとても辛いことなのか?」
「そうね」
「単に、母親と死別しただけじゃなくて?」
「……………」
サキは何も言わなかった。ただ、その無言の答えが、そうじゃないと俺に言っているように聞こえた。やはり、エリーが言っていたように、ユリィには、病気の母親と死別した以上のつらい過去があるんだろうか? だから、サキは、ユリィに昔のことを思い出してほしくないと願っている……。
でも、ユリィはそうじゃないんだ。過去の自分を、失った魔法の力を取り戻したいと、強く願っている。
「……なあ、いったいあいつに何があったんだよ? 俺にだけ、こっそり教えてくれよ」
「今は無理よ」
「今は?」
「ちゃんと勇者様の呪いが解けないと、あの子のことをまかせられないでしょう」
サキは俺を見て、意味ありげにくすりと笑った。
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