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その後、俺たちはただちにその場を出発し……たわけではなかった。さすがに夜も更け過ぎていた。その日はそこで野営して、朝になったら咆哮の滝とやらに向かうことになった。
また、サキははじめはすぐに帰るつもりだったようだが、ユリィが引き留めたので、咆哮の滝までは俺たちに同行することになった。まあ、変態だが、役に立つ女だし別にいいだろう。ヤギの折れたツノも治したしな。
ただ、焚火をつけたまま、それぞれ離れて横になっても、俺はなかなか眠れなかった。ついにベルガド本人に会うところまでやってきた。いよいよ俺の念願がかなうかもしれないんだ。眠れるわけはない。あいつの祝福とやらで俺の呪いが解けたら、そのときこそ俺はユリィと……ぐへへ。
と、俺がバラ色の未来に胸を膨らませていたそのときだった。
「……あのう、トモキ様」
なんと、その未来予想図に登場する俺の花嫁の声が、近くから聞こえてきた!
「な、なんだよ、急に!」
とっさに体を起こし、声のしたほうに振り返った。確かにそこには俺の未来の花嫁、ユリィがいた。
「あ、起こしてしまったみたいですね。ごめんなさい」
「いや、別に寝てたわけじゃねえから」
眠れずにずっと、お前のこと考えてただけだからね。
「で、なんだよ、こんな夜更けに?」
「さっきのことを謝りたくて」
「さっきのこと?」
「せっかくトモキ様に歌を教えていただいたのに、わたし、全然うまく歌えなくて……本当にごめんなさい」
と、その場で俺に頭を下げるユリィだった。
「いや、別に謝ることはねえよ。最終的にはうまくいったんだし」
俺はあわててそんなユリィに言った。そんなことを気にして謝りに来るとか、相変わらずいい子ちゃんすぎるぜ。
「むしろ、俺はお前に感謝してるんだぜ。お前のおかげで、やっとベルガドと話ができたからな」
「でも、わたしはトモキ様が教えてくださった歌でお役に立ちたかったです」
「え?」
「……わたし、あのときすごくうれしかったです。トモキ様にはげましの言葉をいただいて、歌を教わって」
と、ユリィは今度は顔を上げ、俺をじっと見つめてほほ笑んだ。そして、すぐになんだか恥ずかしそうに目をそらしてしまった。
「そ、そうか。喜んでもらえて何よりだぜ、ハハ……」
俺もなんだか恥ずかしくて顔が熱くなってきた。こいつ、相変わらず直球すぎるだろ。
「あの歌は、もしかしてトモキ様が子供のころに歌っていたものなんですか?」
「ああ。俺の生まれた国じゃ、子供のうちはみんなああいう歌を習うんだ」
「じゃあ、わたしに教えてくださった歌に、何か特別な思い出があったりしますか?」
「うーん? 特別ってほどの思い出はないかなあ」
しいて言えば、幼稚園で教わったとき、ビアノを弾きながら歌ってた保育士のお姉さんのおっぱいがやたらと大きかったことぐらいしかないな? 子供心にめちゃくちゃ気になったてたんだよな、あれ。触ったら怒られるしさあ。
「そうですか……やっぱり歌だけじゃ、思い出にはならないですよね」
と、ユリィは何か俺の答えにがっかりしたようだった。
そういや、こいつさっき、サキに歌を教えられて歌っていたっけ。子供のころに歌っていたとかいう。そして、その後、なんか知らんが泣いてたな。
もしかして、こいつはまた何か思い出したんだろうか? だったら、今の俺の答えはちょっとまずかったかな? こいつは歌でもなんでも、昔の記憶を取り戻すきっかけを欲しがっているはずだからな。
「まあでも、そんなのは人によると思うぜ。『思い出の歌』なんて言い回しもあるし、人によっちゃ、特定の歌を聞いたり歌ったりするだけで昔の記憶がよみがえってきたりするもんだろ」
「あ、そうですよね! わたしもそう思います!」
ユリィはたちまち満面の笑顔になった。こいつ、考えてることわかりやすすぎだろ。俺もつられて笑った。
「……で、どうなんだ、ユリィ? あの歌を歌ってみて、何か思い出したのか?」
「はい。ほんのちょっとだけですけど」
「ほんのちょっとか」
泣いてたのになあ。こいつが昔の記憶を完全に取り戻すには時間がまだまだかかりそうだな。
「まあ、何回も歌ってれば、そのうちまた記憶が戻るんじゃないか? あれはきっとお前にとっての思い出の歌なんだろうしさ」
「はい。わたしもそう思います。ありがとうございます、トモキ様」
ユリィはまたうれしそうに笑った。
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