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その後すぐに俺たちはユリィのお師匠様、サキに連絡を取った。ロザンヌ公国の街で魔道メールした以来だったが、はたして、通信はすぐにつながった。
しかも、よりによって今回も変態痴女のやつは入浴中だった。映像がつながると同時に、その入浴中の一糸まとわぬ姿が俺たちの目の前にいっぱいに映し出された。
「きゃ!」
と、叫んだのは、当然サキではなくユリィだった。すぐに俺とその映像の前に立ちふさがって、王蟲の群れを止めようとする姫姉さまみたいに両腕を広げて、「み、見ちゃダメです!」と、俺に言った。いや、別に見たくもないよ、あんな女の裸。
「ユリィ、いいのよ、別に。勇者様には前にも同じ姿をお見せしたことあるのだし」
「え!」
と、サキの言葉にぎょっとするユリィだった。またなんて言い方するんだよ、このクソ痴女め。
「変な勘違いするなよ、ユリィ。俺は前にロザンヌでこの女に連絡したことがあったんだが、そのときもこいつはこんなふうに入浴中だったんだ。それだけの話だぞ」
「ああ、あの街でのことですか」
ユリィはほっとしたようだった。だが、両腕を広げたポーズは続けたままだった。
「いいよ。俺は目をつぶってるから、お前も楽にしてろよ」
俺は笑って、すぐに両目をつぶった。
「……わかりました」
ユリィもすぐに俺の隣に戻ってきたようだった。
その後すぐに俺たちはサキに事情を説明した。
「まあ、久しぶりにあなたたちのほうから連絡をくれたと思ったら、そういうわけだったのね。てっきり何かのおめでたいご報告かと思っちゃったわ」
「おめでたいご報告って?」
「そりゃあもちろん、あなたたち二人が結婚するとか、そういう――」
「そ、そんなわけないじゃないですか! ト、トモキ様とわたしが、け、結婚なんて……!」
ユリィはとたんに顔を真っ赤にしたようだった。見えないが、そうとしか考えられない声の調子だった。落ち着け、ユリィ。なんだか俺も恥ずかしくなってくるじゃないか。
「……そうね、勇者様が今抱えている問題を解決しないことには、誰かと結婚なんて、無理な話よね」
と、サキはそんなユリィの反応を見て笑ったようだった。さらに、その言葉に、「問題?」と、キャゼリーヌがつぶやくのが聞こえた。
「おい、そこの変態女。今はそういう無駄話はどうでもいいんだよ。それより、ここにいるハイパー音痴をどうにかしてやってくれ」
もうなんかめんどくさくなって、ストレートに話を切り出す俺だった。
「そうねえ。確かにユリィには歌い方のことは全然教えてなかったわねえ」
と、なんだかのんびりした口調で言うサキだった。それぐらい教えておけよ。俺が前いた世界では音楽は義務教育の範囲内だったぞ。
「お師匠様、わたし、どうしたらいいんでしょう? このままでは、トモキ様のお役に立てずに、足を引っ張るだけになってしまいます……」
ユリィはやはり歌が歌えないことを、相当つらく感じているようだった。俺もそんなユリィの声を聞いているとつらかった。
「ユリィ、そんなに落ち込まないで。こういうのは、何かのきっかけでいいほうに変わるものよ」
「でも、トモキ様が色々歌いやすい歌を教えてくださったのに、私はどれもうまく歌えなくて……」
「うまく歌おうと考えるからダメなのよ」
「え?」
「もっと力を抜いて、自然体で歌ってみなさい。あなたは、そこにいる勇者様のお力になりたいんでしょう? だったら、その気持ちのままに歌えばいいのよ。歌ってそういうものだから」
「は、はい!」
ユリィはその言葉にかなり元気づけられたようだった。
そして、すぐに、サキに言われた通り、さっき俺が教えた歌「きらきら星」を歌いだした。
余計な力みが抜け、自然体で歌うことを心掛けたそれは、もはやさっきとは比べ物にならないほどまともな歌になって――いるわけはなかった。現実は非情である。
そう、サキのアドバイス通りに歌っても、ユリィの音痴は全然直ってなかった! むしろ音の外れ具合がさらに悪化したようにも聞こえた。
「どうですか、お師匠様? わたし、今度はちゃんと歌えたでしょう!」
ユリィは何やら得意げに尋ねる。さすが真の音痴。自分ではこれでオッケーと思っているらしい。
「そ、そうね……。伸び伸びと歌っていてとてもよかったと思うわよ」
サキもひたすら困惑しているようだ。おそらく、この女でも、ここまでユリィが音痴だなんて思ってなかったんだろう。
「ありがとうございます、お師匠様。これできっと、ベルガド様のお心にもわたしの歌声が届くんですね!」
「ちょ、ちょっと待ってユリィ! 今のは悪くはなかったけれど、ベルガドを目覚めさせるほどの聖なる力はまだ足りてないわ!」
サキはあわてて叫んだ。
いや、この場合、足りないのは聖なる力じゃなくて歌唱力だろう……。必死にツッコミたくなる気持ちをおさえる俺だった。
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