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 と、そんなときだった。


「話は聞かせてもらったぞ、ユリィどの、トモキどの!」


 そう言いながら、闇の中からさっそうと?キャゼリーヌが現れた。


「なんだよ、何かいい方法があるのか?」

「ああ。この手の問題解決で重要なのは、まずは客観的なデータを取ることだ。問題をデータから冷静に客観視できれば、解決もそう難しくはないのだ」

「なるほどな。さすがキャゼリーヌ二十三歳心は乙女だ」

「わ、私の名前に余計なものを付けたすな!」


 キャゼリーヌはやはりさっきのことをかなり気にしているようだった。はは、ほぼカラクリのくせにな。


「で、客観的なデータってどうやってとるんだよ?」

「それはもちろん、私が計測する」


 と、キャゼリーヌは左目の眼帯を外し、そこから光を出して暗がりなかにカウンターのようなものを表示した。今はその数字はゼロになっている。


「……まさか、歌のうまさを採点するのか?」

「ああ、その通りだ」

「そ、そう……」


 まさかのカラオケ採点マシーンかよ。


「というわけで、まずは手本としてトモキどの、歌ってみてくれ」

「しゃーねーな」


 俺はさっきユリィに教えた「きらきら星」を改めて歌った。


 そして、気になる?その採点結果は……、


「うむ。今の歌は百点満点中八十点だ。さすがトモキどの、標準よりはやや上の歌唱能力のようだぞ」

「おお!」


 なんか知らんけど、ほめられちゃった、わーい!


「じゃあ、次はユリィだな」

「わ、私はいいです……」


 ユリィはやはりめちゃくちゃ自信がなさそうだ。


「だいじょうぶだよ。こういう機械を使った歌の採点って、極端に低い数字は出ないようになってるもんなんだぜ。気軽にやれよ」

「は、はあ……」


 と、ユリィはやがてしぶしぶと歌い始めた。


 そして、その採点結果は……。


「今のは百点満点中五点だな。さすがユリィどの。ずば抜けて低い歌唱能力を持っているようだ」

「ご、ごてん……」


 ユリィはとたんに真っ青になった。ショックのあまりフリーズしたようだった。


「ちょ、待て! お前、今の俺たちの話聞いてただろ! 実際どんだけこいつの歌がヘタだろうが、そこは空気を読んでもうちょっと甘い採点で行こうよ!」

「すまない、トモキどの。私は数字に嘘をつくことはできない」

「え、じゃあ、逆に聞くけど、その五点ってのはどっからわいてきたんだよ? 数字に嘘をつけないなら、この場合ゼロ点だろうがよ?」

「この点数は、歌声そのものへの評価だ。これの配分は百点満点中五点なので、ユリィどのは声の美しさに関しては満点だということだ」

「声の美しさは、ね……」


 ようするに他は壊滅的ってことじゃねえか。なんだよ、このポンコツカラオケ採点マシーン。少しは忖度しろや。


「あ、ありがとうございます。キャゼリーヌさん。わ、わたし、自分がどれだけダメなのか、改めてよくわかりました……」


 ユリィはぷるぷる体を震わせながら、涙声で言う。


「そうだな、ユリィどの。さすがにここまで技術が低いとなると、正常に歌うのは相当厳しいことだろう」


 キャゼリーヌも普通に追い打ちしてるし。やめて、ユリィのライフはもうゼロよ!


 くうう……こんなとき、俺はどうすればいいんだ? ユリィを助けてやりたいけれど、あいにく俺はただの脳筋勇者。ユリィの破滅的音痴をどうにかすることはできない。せめてここに、歌のスペシャリストがいれば――って、あ、そうだ!


「キャゼリーヌ、今から魔法の通信でシャンテリーデに連絡してくれよ」


 そうそう、あの女は歌のプロだからな。


「それはつまり、シャンテリーデどのに通信で直接歌の指導してもらうということだろうか?」

「ああ、俺たちなんかよりよっぽど頼りになると思うぜ」

「なるほど、確かに」


 キャゼリーヌはうなずいた。


 だが、そこで、


「待ってください。連絡するなら、シャンテリーデさんではなく、わたしのお師匠様にしてください」


 と、ユリィが言ってきた。


「わたし、この三年間はずっとお師匠様にいろんなことを教わってきたんです。だからきっと、お師匠様のほうが、わたしのことを助けてくださると思うんです」

「……それもそうだな」


 シャンテリーデでは、歌の指導はともかく、こいつのどん底のメンタルをどうにかできるとは思えないしな。やっぱこういうとき、頼りになるのは身内だろう。


「じゃあ、キャゼリーヌ。今からこいつのお師匠様の連絡先を教えるから、そこに通信してくれ」

「わかった」


 キャゼリーヌは空中に投影させたカウンターを消しながらうなずいた。

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