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「ごめんなさい。わたし、全然お役に立てなくて……」
やがてユリィはすっかり涙目になってしまった。うう、そんな顔するなよ、ユリィ。お前は別に何も悪くないんだし。
「あ、そうだ! あの館にいた
と、俺はとっさに思いつき、提案したが、
「
「技術に優れすぎているのも考えものですな。いわば、少しばかりの手作り感こそ、ハートを込めるのに必要なのですな」
「そもそも、
と、なんかよくわからん理由でダメらしい。こいつら、めんどくせー美食家かよ。
「じゃあ、子供の
そうそう、館には幼女の歌い手もいたよな。あきらかに十五歳以下の「乙女」だったし、子供らしい天真爛漫な歌声だった気がする。
だが、
「いたいけな少女だろうと、残念ながらダメですな。有翼人のほとんどは風属性で、聖なる力は持ち合わせていないはずですからな」
ということだった。なんだよ、それ先に言えよ。もー。
「へー、じゃあ、オレも風属性かー」
と、近くで有翼人のバカがその言葉に感心したようだった。なぜお前は四百年近く生きていて、今さらそんな基本情報を教えられてるんだよ。おかしいだろ、お前も。
「というわけで、そこの乙女の方。歌ってくださいませ」
「先ほどの歌のようなものは、何かの間違いだったのでしょう。そうでしょう」
「あなたはきっと本気を出せばできる方なのです。さあ、今度こそ、聖なる歌声を披露してください!」
ワンダートレントたちはうねうねと動いて、ユリィをさらに囲み、うながした。
「え、いや、その……」
ユリィはやはり、そのリクエストには答えられないようだ。ますます顔色が悪くなった。
そして、
「ご、ごめんなさい! わたしじゃ無理です!」
と、叫んで、ワンダートレントたちから逃げるようにいきなり向こうへ走って行ってしまった。
「おい! 夜の森に一人で突っ込んでいくな! あぶねえぞ!」
俺はあわててランタンを持ったまま、その後を追った。
「だいじょうぶだよ、ユリィ。何か他に方法があるはずだからさ」
やがて暗い茂みの中でうずくまっているユリィを発見したので、俺はできるだけやさしい声で言った。
「でも、わたし全然歌が上手に歌えないんです。あんな小さな子にも、ヘタだとはっきり言われてしまって……」
「ち、ちが! お前は別にヘタじゃない! ただちょっと歌うことに慣れてないだけだ!」
「慣れてない? 練習すれば、わたしでも歌が上手になるってことですか?」
「も、もちろんさあ!」
と、適当に答えたものの、実際このレベルの音痴が練習でどうにかなるとは思えない俺だった。ものには限度ってものがある。
ただ、音痴を隠して歌う方法だってきっとあるはずだ。
「なあ、ユリィ。歌は何でもいいんだから、もっと初心者向けの簡単な歌にすればいいんじゃないか? あの館で聞いた歌は、明らかにプロ向けの難しい歌だったろ?」
「……ああ、確かに」
ユリィは俺の言葉にはっとしたようだった。
「でも、簡単な初心者向けの歌ってどういうものでしょう? わたし、音楽のことは全然知らなくて……」
「俺が今から教えてやるよ。子供でも簡単に歌えるようなやつをな」
と、俺はそこで、日本でよく歌われている童謡を適当に口ずさんだ。「ぞうさん」とか、「きらきら星」とかだ。
「さあ、お前も俺にあわせて歌ってみろよ」
「はい……」
ユリィもすぐに一緒に歌い始めた。さすがに子供向けの歌だ。いくら音痴のユリィとはいえ、これぐらいはちゃんと歌えるはず……と、思ったわけだったんだが、
「どうですか、トモキ様?」
「……ま、まあまあかな」
と、ユリィから目をそらしながら、言葉を濁すしかない俺だった。ユリィのやつ、子供向けの簡単な歌ですら、まともに歌えてねえ! 致命的な音痴だった。
「そうですか。やっぱり、わたし、ちゃんと歌えてないんですね……」
ユリィもすぐに俺の表情を察し、またしょんぼりしてしまった。うう、どうしよう。こんな顔のこいつが見たくて、ここまで来たわけじゃねえぞ、俺は。
「だ、だいじょうぶだよ! お前にだって一つくらい、まともに歌える歌があるはずだよ!」
俺は必死に声を張り上げ叫んだが……そんな歌本当にあるのかなあ? うーん?
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