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「え、歌だって……?」


 俺はさすがにその言葉には驚かずにはいられなかった。よりによって、こいつの歌とか……。


「つまり、ここでこいつが『聖なる乙女の歌声』とやらを披露すれば、ベルガドは目覚めて俺たちと話ができるってことか?」

「はい。歌声は我々が責任をもってベルガド様のお心にお届けしますので、どうぞ遠慮なく歌ってくださいませ、そこのお嬢様」


 ワンダートレントたちはさらにユリィを囲みながら、うながした。


 だが、当然、


「わ、わたしの歌なんて……」


 と、ユリィはめちゃくちゃ戸惑っているようだ。無理もない。こいつは超音痴だからなあ。


「なあ、歌うのはこいつじゃなきゃダメなのか? 女ならここにもう一人いるぞ」


 俺はキャゼリーヌを指さしたが、


「そのお方はダメですな。乙女というほどには若くはない。我々風に言うのなら、少々とうが立っておいでのようだ」


 ということだった。確かに「乙女」って感じの女じゃないが……。


「わ、私はまだ二十三だぞ! 年増扱いされては困る!」


 と、キャゼリーヌは珍しく動揺しているようだった。へえ、もう少し上かと思ってたぜ。意外と若かったんだな。


「二十三? ハッハ、やはりその年齢ではダメですな! 問題外ですな!」

「乙女と呼べる女性は十五歳までですぞ!」

「はるか昔からそう決まっているのですぞ!」


 ワンダートレントたちは妙に厳しい。こいつら、ロリコンか乙女警察かよ。


「それに、そちらの二十三歳の方からは、残念ながら聖なる力をこれっぽっちも感じませんな。それではいくら歌を歌っても、ベルガド様のお心には届きませんぞ」


 なるほど、さらにユリィでなければならない理由があるようだ。


「確かに、私は神聖属性ではないが……こ、心は乙女だぞ……」


 その言葉に納得しつつも、なんだか負け惜しみのように言うキャゼリーヌだった。こいつから乙女心を感じた瞬間なんか、みじんもないんだが。


「そういうわけで、そちらの聖なる乙女のお方、歌ってくださいませ」

「歌はなんでもよいですぞ。歌声に聖なる力が込められていればよいのですぞ」

「え、でも……わたし、歌は全然得意じゃなくて……」


 ユリィはやはり困惑しきっているようだ。


「なあ、ベルガドを起こす歌ってのは、うまくないとだめなのか?」

「いえ、大切なのは気持ちでございます。歌い手の技量は関係ございません。ハートで歌えば、ベルガド様のハートにも届くのでございます」

「そっか。じゃあ、何も問題ないじゃないか、ユリィ」


 俺は笑って、震えるユリィの肩を叩いた。


「ヘタクソでもいいみたいだし、気楽に歌えよ。あのとき屋根の上で歌ったみたいにさ」

「……は、はい」


 ユリィはようやく覚悟を決めたようだ。すぐに歌いだした。屋根の上で歌ったのと同じ歌だ。その歌声は、相変わらず超絶に音程が外れまくっている。


 そして、その聖なる歌声?はワンダートレントたちによってベルガドの魂とやらに届けられ、俺たちはついにベルガドと会話する機会を得た――わけではなかった、現実は非情である。


「はて? そちらの乙女の方、今のは歌なのですか?」

「何かの叫びですかな? 魔法の詠唱ですかな?」

「歌というには、あまりに耳障りな……」


 なんと、ヘタクソすぎてワンダートレントたちに歌と認識されてない様子だ。ユリィ、お前ってやつは……。


「こいつなりに一生懸命歌ったんだよ! いいから、早く歌声をベルガドに届けろよ! へた、ちょっと歌がうまくなくても別に問題ないんだろ!」

「いえいえ。ものにはさすがに限度というものがございます。今のはちょっと……」

「そ、そんなにダメでしたか、わたし……」


 ユリィはその言葉に真っ青になってしまった。


「ダ、ダメじゃない! お前は全然ダメじゃない! お前の歌い方がちょっとアーティスティックで個性的なだけだったから!」


 俺は力いっぱいフォローせずにはいられなかった。

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