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 しかしヤギは俺を見ても、


「ヌウ……オマエ、ダレダッ!」


 俺が誰だかわかってないようで、カタコトのままめちゃくちゃ警戒してくるのだった。なんだこの態度。


「これもう別人だろ。いや、別ヤギだろ」


 そうそう、本物のレオは別にいるはず。これは違う誰かさんでしょ。


 と、俺は思ったわけだったが、


「いや、そこにいるのは間違いなくレオローンどのだろう。瞳の虹彩が彼のものと一致している」


 と、キャゼリーヌが言った。見ると、すでに右目のカメラはその顔に戻ってきているようで、何やら鋭い眼光でヤギをじっと見ている。


「虹彩認証ってやつか。そんなのもできるのか、お前」

「個人の識別には欠かせないからな」

「個人っていうか、この場合、個ヤギじゃねえか」


 アルプス一万尺で踊るのかよ……って、それは子ヤギじゃねえか。(※小槍です)というか、この技術、動物にも使えるんだなって。


「じゃあ、なんでこいつ、こんな有様になってんだよ?」

「それは真ん中のツノが折れたせいじゃないでしょうか」


 と、ユリィが言った。


「昔から、カプリクルス族の真ん中のツノは、その知性の源だと言われているんです」

「あれ、あいつの脳みそみたいなもんだったのかよ」


 外付けHDDかな?


「じゃあ、それがポッキリ折れて、あいつ今すごいバカになってるのか」


 めんどくせえ話だな。バカは一人で十分だっての。


「……そもそも、なんでツノが折れたんだ?」

「それは映像の記録を見てみればわかるだろう」


 と、キャゼリーヌは再び左目から光を出し、空中に映像を投影した。俺たちが上でなんやかんややっている間も、右目のカメラはずっとヤギを追いかけていたのだろう、その崖を登っている様子が映し出された。


 その映像を再生した当初は、ヤギはやはり眠そうだったが、やがて何か決意したようで、いきなり自分の頭を岩肌に何度も打ち付け始めた。


「こいつ、痛みで眠気を吹っ飛ばそうとしているのか」


 そして、ややあって、その衝撃に耐えきれずに真ん中のツノは根元から折れてしまった……。


「なるほど。レオなりの苦肉の策だったわけだな」


 登りながら寝落ちしないための。たとえツノが折れてバカになったとしても、こいつはこの谷を自分の肉体のみで制覇したかったんだろう。


「まあ、理由は分かったし、ようは折れたツノを元に戻せばいいんだろう。あいつに回復薬ポーション飲ませれば万事解決だな」

「そ、それがそのう……」


 と、ユリィは気まずそうに俺を見て言うのだった。


「さっきヒューヴさんに使ったもので、回復薬ポーションは全部なくなってしまったようなんです」

「なん……だと!」


 うかつ! あんな馬鹿に貴重な最後の強化回復薬ポーションを使ってしまうとは! 我ながらうかつすぎる!


「じゃあ、あの野獣はどうするんだよ?」

「え、えーっと、レオローンさんは、ツノが新しく生えるまで待つしかない気がします……」

「自然に治るのを待てってか? それいったいどれくらいかかるんだ?」

「……さあ?」


 ユリィはひたすら困惑している。勉強家のこいつでも、さすがにそこまでは知らないか。


 さらに、


「私のほうからも関係各所のデータベースにアクセスしてみたが、カプリクルス族の真ん中のツノが折れた場合のデータはほぼないようだ」


 と、キャゼリーヌも言うのだった。調べるの速いな、おい!


「じゃあ、こいつどうするんだよ? こんなんじゃ、ワンダートレント捜索に使えねえじゃねえか」


 黒ヤギは今、警戒心マックスで毛を逆立て俺たちを威嚇している。野良猫かよ。


「やっぱ食うしかねえじゃん。今日はみんなでヤギ鍋にしようぜ!」

「いや、こいつが限りなく食材に近づいたのは確かだが、まだ食うな。まだ」


 と、俺はまたバカを止めた。


 だが、その直後、ヤギは俺のその動きにびくっと体を震わせた。


「オ、オマエ……ナニカ、ホカノモノト、チガウ……?」


 と、何やら俺のただならぬオーラを感じたようだ。


「まあな、一応、俺、そこらの連中よりはだいぶ強いからな」


 フフ、バカになっているとはいえ、そこに気づいてくれて何よりだぜ。さすヤギ。


「あ、オレも超強いんだぞ! わかるかー、そこのヤギ鍋の材料?」

「オ……オマエ! オレノテキ! コロス!」


 と、黒ヤギはバカのほうはただの敵としか認識しなかったようだ。いきなりバカに突進してきた。まあ、バカは闘牛士のようにひょいっとそれをかわしたが。


「いいから、レオの説得は俺に任せろ。お前はあっちに行ってろ」


 邪魔くさいのでバカの体をつかんで、空の彼方に投げ飛ばした。


 そして、


「さあ、こっちに来い、レオ。俺は何も怖くないぞ。ほら、怖くない……怖くない……」


 と、両手を広げ、キツネリスをなだめる姫姉さまのように言うと、ゆっくりヤギに近づいた。


「オ、オマエ……」


 ヤギは一瞬そんな俺の接近におびえたようだったが、やがていきなり、こっちに駆け寄ってきた!


 そう、こっちに……まっすぐ俺の頭の上に。


 そして、


「オオ! コノチカラヅヨサ、マチガイナイ! オマエハマサニ、オレノトモダチ!」


 俺の上で足踏みしながらウキウキでこう言うのだった。


「トモダチ! トモダチ!」

「そ、そうか。お前が俺のことを思い出してくれて何よりだぜ……」


 こんなやり方で思い出されるとか、めっちゃ複雑な気持ちなんですけど! ついでに重いんですけど!

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