342
「あ、そうだ、レオローンさんは色んな魔法が使えるはずですから、それを使えばあの状況でも助かるんじゃないでしょうか!」
と、ユリィがそこではっと思いついたように言ったが、
「いや、あいつはあの状況では魔法は使わないはずだ」
俺は首を振った。
「それは、眠すぎて魔法が使えないってことでしょうか?」
「そうじゃない。たとえ今、魔法を使えても、そして、それで落ちずに済むことがあっても、あいつは絶対に魔法を使わない。そういうやつなんだ!」
「え? そういうって……どういう?」
「あいつは素登りガチ勢ってことだよ」
「す、素登り……?」
「ああ! どんな状況だろうと、おのれの肉体のみで頂上まで登りつめる。それが素登りガチ勢ってことだ!」
そう、俺はすでにヤギの考えることなどお見通しだった。この一か月ちょっとの間、どんだけあいつに頭に登られたことだろう。その経験が、俺のヤギへの理解を極限まで深めたんだ。……いや、別に理解したくなかったんですけど。
実際、俺の言う通り、ヤギは眠そうにまたたきを繰り返しながらも、魔法を使う気配は全くなかった。俺の靴に使った空中歩行の魔法を使えば、すぐに助かるのにな。やはり素登りガチ勢か。
「で、でも、このままだとレオローンさんは本当に落ちて……」
ユリィは再びおろおろしはじめた。
「そうだな。せめてこっちの声があいつに届けば……。おい、キャゼリーヌ。マイクとかついてないのか、これ?」
と、俺たちはプロジェクターになっているキャゼリーヌに振り返った。
すると、そこにはいつのまにやら、無数のオークたちが集まってきていた。
「ぐへへ。アニキ、この女、おっぱいでかいですぜ?」
「おっぱいさわっても動かないですぜ? 俺たちにビビッてますぜ? ぐへへ」
「あっちの黒い髪の女もかわいいなあ。ぐへへ」
とまあ、キャゼリーヌの体をツンツンしながら、よだれをたらしまくっているオークたちだ。
「ああ、そうか。ベルガドにはまだこういうクソしょうもないザコモンスターがいっぱいいるんだっけ」
なんだかあまりに懐かしい光景すぎて見入ってしまった。こういうやり取り、すごーく久しぶりな気がするんですけど。
「トモキ様、キャゼリーヌさんを早く助けてあげないと!」
「いや、あいつけっこう強いだろ。あのマオシュが作ったカラクリボディだぞ。こんなザコぐらい自分でなんとかなるだろ」
と、俺は言ったが、
「トモキどの、実は今の私は完全に視覚を失っている状態でな」
と、オークにツンツンされながらキャゼリーヌが答えた。
「あ、そっか。お前の右目、谷底にあるもんな。あれがないとお前、何も見えないのか」
「さよう」
「じゃあ、俺が助けるか?」
「……心遣い感謝する。だが、こういうときのための緊急の機能があるので、ここはそれを使ってなんとかすることにしよう」
「緊急の、ね……?」
まさかロボに変形するとかじゃねえよな? いやまあ、もうほとんどロボなんだけどさ。
「というわけでモンスターども、悪いが私の体を弄ぶのはもう終わりだ」
と言うと、キャゼリーヌは両目を閉じた。そして、一瞬何か集中するように顔をしかめると、周りのオークたちに素手で襲い掛かった!
どかばき、ぼこぼこ!
「ひいい! こいつ、メチャ強え……」
キャゼリーヌの殴る蹴る投げ飛ばすの攻撃を食らって、オークたちはたちまち逃げて行ってしまった。盲目状態のくせにやるじゃん。
「これぞ我が奥義、心眼エコーロケーション格闘術だ!」
と、目をつむったまま、ドヤ顔で言うキャゼリーヌだった。
「心眼……。すごいです、キャゼリーヌさん。心の目で敵の動きを見切ったんですね!」
ちょろいユリィはとたんに感動したようだったが、
「いや、その後にエコーなんとかってついてただろ。たぶん超音波のレーダーみたいなの使ったんだろ」
コウモリとかがやってるアレだよね。何が心眼だよ。
と、俺がため息をついたそのとき、
「おーい、お前ら、いいもん見つけてきてやったぞー」
ヒューヴの声が聞こえてきた。
「あいつ、もう帰ってきやがったのか」
と、舌打ちしながら声がしたほうに振り返ると、そこには確かにヒューヴがいたが……なぜかその体は全身紫色だった。さらに、その懐には毒々しい色合いの、でかいカエルを抱えている。
「ちょ……お前、その顔色どうしたんだよ?」
「色? あー、そういやなんか変わってるなー」
「なんか、じゃねえよ! めっちゃ変わってるよ!」
「いや、それより、これ超うまいんだぜ。食ってみろよ」
と、ヒューヴは懐の毒々しい色合いのカエルを俺たちに差し出した。
「まさかとは思うが、お前、これ食ったのか?」
「ああ。超うまかったぜ」
「い、いや! 味はともかく、お前のその顔色、思いっきり毒食らってるヤツだろ! 猛毒パープルじゃん! それ毒あるやつじゃん!」
「えー? これ毒なんかないぞ。超うまいし、食ってるとなんか目が回ってきて、すごい楽しい気持ちになるし?」
「幻覚症状まで出てるじゃねえか! 明らかにアカンやつじゃねえか!」
俺はただちにその毒カエルを空の彼方に投げ捨てた。
そして、
「えーっと、こういうときはまず腹に残っている毒物を吐かせればいいんだっけ?」
と、考え、とりあえず目の前の顔色の悪いバカに腹パンし、足をつかんでジャイアントスイングの要領でブン回して、遠心力で嘔吐させることに成功した。
しかし、バカの顔色は悪いままだった。
「おかしいな? 今ので毒物は体から抜けたんじゃないのか?」
「い、いや、今のはさすがによくないでしょう!」
ユリィはそう叫ぶと、道具袋から
「あ、俺が見つけた獲物がない! あれ超うまかったのにー」
そして、毒カエルがなくなったことに気づいて、心底落ち込むバカだった。さすが木の実についた猛毒のカビで滅びかけている種族なだけのことはある。バカすぎて口に入れちゃダメなものもわかんねえんだな。
「しょうがないなあ。代わりにあのヤギでも食うか。そろそろ上がってきたころだろ?」
「いや、まだだ。つか、食うな」
と、俺がバカに言った直後、噂をすればなんとやらで、
「あ、レオローンさん戻ってきましたよ!」
と、ユリィが叫んだ。
見ると、確かにヤギはちょうど谷を登ってきたところだった。だが、さっきまでとは違い、三本あるうちの真ん中のツノが根元からぽっきり折れ、なくなっていた。また、ツノの付け根からは大量に流血しているようだ。
しかも、
「オレ、コノタニ、ノボリキッタ……ヤリキッタ!」
と、なんか言葉がカタコトになっている。目つきもギラギラしていて、様子がおかしいような?
「おい、レオ! いったいお前に何があったんだ!」
俺はあわててヤギに駆け寄った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます