340

 やがて、そんなこんなで、俺たちはそのまま森林地帯を進み始めた。キャゼリーヌというナビがいるので進行は比較的楽だった。切り立った岩場などがあっても、ユリィ以外は問題なく進めるし、ユリィは俺が抱っこすれば問題なかった。むしろ、そういう難所はウェルカムだった。ユリィを抱っこできるんだからな。


 ただ、ワンダートレント生息地までは結構距離があり、初日はただ森を進むだけで終わった。そして、野営ののち二日目は、例の谷が俺たちを待っていた。そう、ヤギ殺しの谷とかいう……。


 俺たちがたどりついたのは谷の上だったが、そこは見た目には変わったところはなかった。上から見ると谷底は深そうだったが、途中から暗くなっていてよく見えなかった。また、谷の幅はそんなになく、せいぜい30メートルほどで、これまでの難所と同様に俺がユリィを抱っこしていけば、問題なく進めそうだった。


 まあ、それでも、そのまま進めない空気しかなかったわけだが……。


「ほほう、ここが『ヤギ殺しの谷』か! なるほど、確かに普通のヤギであれば登り切れずに死んでしまいそうだな。普通のヤギであれば!」


 と、険しい?谷を前にして、やはりヤギは野生の本能をむき出しにしている様子だ。


「レオ、お前やっぱり、今からこの谷を攻略するつもり?」

「むろんだ」


 ドきっぱりと即答しやがる野獣である。


「いや、それ今の俺たちの目的じゃないでしょ。お前の登りたい欲もわからんでもないけどさあ、今は前に進もうよ!」

「……わかっている。だが、このような谷を目の前にして、俺はこの蹄を腐らせたまま先に進むことなどできない! お前がどうしても急ぐというのなら、俺はここに捨てておいてもかまわん!」

「いや、捨てちゃダメだろ」


 ペットはちゃんと最後まで面倒見ないとな。


 だが、そこで、


「あ、そっか。この谷って、『ヤギ殺しの谷』っていうんだから、ヤギを捨ててもいいんだよな?」


 ヒューヴが何やら納得したように言うと、いきなりヤギの体をひょいと持ち上げ、谷底に投げ捨ててしまった。


「ちょ、おま! 捨てていいって言われたからって、本当に捨てるバカがいるか!」

「いや、よく考えたらオスのヤギって肉が臭くてうまくないかなって」

「それが捨てた理由? お前、一応あいつの仲間でしょう! 昨日、自己紹介しあったでしょう!」

「そんなことあったかなー」


 ヒューヴはヘラヘラ笑っている。仲間を谷底に捨てておきながらこの表情。これだからバカは。


 だが、そこで、


「トモキどの、ヒューヴどの。レオローンどののことなら、心配はいらないようだぞ」


 と、キャゼリーヌが俺たちに言った。見ると、谷底のほうに耳を傾けている様子だ。


「レオローンどのが落下した後の音を聞く限り、彼が谷底に激突した気配はなさそうだ。無事に着地に成功したのだろう」

「まあ、あいつも魔法を使えばこれぐらいの高さ?どうってことないか」


 実際どんだけ深いのかよくわからんが。


「おーい、レオ! 生きてるかー!」


 と、試しに上から叫んでみると、ややあって下からヤギのものらしい声がかすかに聞こえてきた。反響もあって、なんて言っているのかまではわからないが、確かに死んではいないようだ。


「よし、ヤギも捨てたし、オレたちは先に行こうぜー」

「いや、ここはあいつが登って来るのを待つしかない流れだろ」


 俺はヒューヴのポンチョをつかんで、やつが谷の向こうに飛んでいこうとするのを止めた。


「えー、なんで? ヤギ捨てていい場所なんだろ、ここ?」

「いや、どんな場所でも、動物を谷底に突き落としたら駄目でしょう! ライオンのお父さんも本当はそんなこと子供にしないからね! 普通に動物虐待案件だからね、これ!」

「ドウブツギャクタイ……? あ、そうか、たとえまずくても食べ物は捨てちゃいけないってことか!」

「ちげーよ! いい加減あいつを食材扱いすんな!」


 なんか俺までそういうふうにしか見えなくなるじゃないの!


「大丈夫ですよ、ヒューヴさん。レオローンさんならきっとすぐにここまで戻ってきますよ。そんなに時間がかからないうちに」


 と、ユリィがヒューヴに言うと、


「そっかあ。ユリィちゃんがそう言うなら、オレもあいつの帰りをここで待つことにするよ。ユリィちゃんと一緒に」


 と、超なれなれしくユリィの肩に腕を回すヒューヴだった。俺はすぐにヒューヴに頭突きし、ユリィから引きはがした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る