336
やがて、俺たちは幼女とともに屋根から降りて、館の中に戻った。そのころには日も暮れかけており、キャゼリーヌとヤギも館に帰ってきていた。
「大学の植物学者によると、最新のワンダートレントの生息地はこのあたりになるそうだ」
と、玄関ホールで顔を合わせるなり、キャゼリーヌは左目のプロジェクターで空中に地図を投影しながら説明してくれた。見ると、クルードから見て北東にある山岳地帯のようだった。
「でも、仮にこのへんにあったとして、俺たちにワンダートレントってやつを見つけられるのか?」
と、俺が疑問を口にすると、
「それは問題ない。かの戦役『ワンダートレント撲滅大作戦』に参加したこの俺なら、必ずやつらを見つけてみせる!」
ヤギは闘志で目をギラギラ光らせながら言うのだった。こいつ、やっぱりタケノコ食うことしか考えてないんじゃないか?
と、そこで、
「うわあ、大きいヤギさんがいるー」
幼女は近くのケモノの存在にはしゃぎだした。ヤギのやつ、ヤギバレした後だし、多分ここではもう幻術は使ってないんだろう。
「すごいふかふか。ツノもおっきい。すごーい!」
幼女はヤギをべたべた触り始めた。
「ねえ、背中乗ってもいい?」
「ああ、かまわんぞ」
「わあ、ヤギさんなのに言葉がしゃべれるんだ! すごーい、えらーい!」
幼女はヤギの背中に飛び乗り、頭をなでなでしながら言う。
「ヤギというか、俺はカプリクルス族――」
「ヤギさん、お名前なんて言うの?」
「ああ、俺の名前はレオ――」
「そうだ、このままお庭を一周しよう! ね、ヤギさん!」
ハイテンション幼女はヤギの話なんか聞いちゃいねえ。
「……そうだな。このまま庭をゆっくり周りながら、改めて自己紹介しあおう」
「わーい、ヤギさんのお馬だー。わーい」
幼女とヤギは、そのまま庭のほうに行ってしまった。
やがてさらに時が過ぎ、俺たちは館の中央にある広い食堂に集まって、夕食をごちそうになった。さすが金持ちの家なだけに、ルーシアの家で食べたものと同じくらい豪華な料理だった。まあ、ヤギだけは相変わらず生野菜のフルコースだったが。
また、ヒューヴにだけは有翼人が特に好んで食べるという木の実がふるまわれた。定期的に猛毒の赤いカビがつくとかいう、例の木の実だ。
「ご安心してお召し上がりください。赤いカビがついていないことは確認済みですわ」
シャンテリーデもそれを口にしながら、左隣の席のヒューヴに言った。
「そっかあ、シャンテちゃんがそう言うなら安心だよねえ」
ヒューヴはすぐにそれを口に入れ、バカがさらにバカになったように、うっとりとした顔になった。
「これはわたくしたち有翼人が食べると、軽い陶酔効果が得られるものですわ」
なるほど、今のヒューヴは猫にマタタビをあげたような状態らしい。
「よかったら勇者様も試しにいかがですか?」
「え、人間が食べてもいいのか?」
「ええ、もちろん。決して害にはならないものですわ」
シャンテリーデは近くに立っていた使用人の女に目配せし、俺の席に木の実を一つ届けさせた。
「ふーん、どれどれ……」
ぱくっ。すぐにそれを口に入れたら――苦い! めっちゃ苦い! しかも変な渋みと酸味もある!
「うふふ。実はこれ、味はあまりよくないのですわ」
「いや、あまりよくないっていうか、激マズじゃないですか!」
まずいならせめて最初にそう言ってほしかったんだが!
「そうだよなー。これ、味はゲロマズなんだよなー。でも、慣れてくるとヤミツキになるんだよなー。不思議だよなー」
と、ヒューヴがそんな俺を見て笑った。すでに何粒もその木の実をキメている様子だ。
「有翼人だけが好んで食べるってのは、こういう理由だっだのかよ」
そりゃ、猫にマタタビみたいな効果がなけりゃ、ただのまずい木の実だしな。他の種族が食うわけねえ。
「ねーねー、ママ、あたちもあれ食べたーい」
シャンテリーデの右隣に座っている幼女は、木の実に何やら興味津々のようだったが、
「だめよ。これは大人になってから食べるものなの」
と、母親であるシャンテリーデは幼女に食べさせようとはしなかった。一応、子供はダメらしい。まあ、苦いしなあ。
やがて、夕食をごちそうになると、俺たちは風呂に入って、それぞれに用意された部屋で寝ることになった。部屋もやはり豪華で広々としていた。ベッドもふかふかで、まるでホテルのスイートルームのようだ。
ただ、今日はいろいろあったので、横になってもなかなか寝付けなかった。ヒューヴがやっと俺がアルドレイだと気づいてくれた直後に、ザックが実家に帰ってしまったからなあ。あいつの
それに、急に俺たちの目の前に現れたシャンテリーデという女のことも、正直気になる。いくらなんでも俺たちに親切すぎやしないか? 話によると、三百年前に先祖がヒューヴに助けられたお礼だそうだが、そんな昔の、自分じゃなくてご先祖様の恩を返したいって、そんなに強く思うものなんだろうか?
それに、なんだかあの女、大学の学者以上にベルガドのことやベルガドの祝福について詳しいようだった。ただの芸能人のはずなのにな。もしかすると、ヒューヴへの恩を返したいというのはあくまで建前で、本当のところはそっちが本命なんじゃないか? そう、もしかするとあの女も、俺と同様にベルガドの祝福とやらを追い求めている? そう考えるとつじつまは合う気がするんだ。
でも、あの女は、俺と違って呪われてるわけでもないだろう? こんな豪邸に住んでいて、かわいい娘もいて、大スターで、満ち足りた暮らしをしているようだし、あの女がベルガドの祝福なんて求める理由はどこにもない気がするんだが……うーん?
と、そんなことを考えていたとき、俺の部屋の扉がノックされる音がした。いったい誰だろう?
「何か、用か?」
ベッドから扉に向かって声を出し尋ねると、
「こんな時間にごめんなさい。わたしです」
それはユリィの声だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます