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「あ、そうだ。わたし、トモキ様にお伝えしないといけないことがあったんです」


 ふと、ユリィが思い出したように言った。


「俺に伝えたいこと?」


 また唐突に何だろう? もしかして……愛の告白じゃないだろうな? はわわ、心の準備が全然できてないでござる……。


「な、何だよ?」


 どきどき。どきどき。


「実はわたし――」


 と、ユリィが言いかけたそのときだった。


「わあ。勇者様たち、こんなところでデートしてるー」


 と言いながら、幼い歌う翼セイレーンの少女が俺たちのところに飛んできた。


「な、何だよ、お前は!」


 俺たちすごく大事な?話をしてたんですけど! 邪魔しないでほしいんですけど!


 まあでも、「デート」という言葉だけは悪くない響きだが……ふふ。


「あなたはこの家のお子さんですか?」


 ユリィが少女に尋ねると、


「えへへ。そうよ。あたちのママ、すごい有名な歌手なんだから。ベルガドじゅうのえらい人たちが、毎日毎日ママに歌ってって頼みに来るのよ」


 どうやらあのシャンテリーデ様の娘のようだ。あの女、若く見えたが、子持ちだったのか。まあ、娘と言っても五歳か六歳ぐらいだが。


「ふうん? じゃあ、そのママのところに帰るんだな。お兄ちゃんたち、今、取り込み中だから」


 俺はその幼女の肩をつかんで、ぽいっと屋根の下に捨てた。飛べるみたいだし、こっから落としても特に問題ないだろう。


 だが、幼女はすぐに俺たちのところに飛んで戻ってきた。


「ママは今、大事なお歌の練習中なの。だから、あたちは邪魔しちゃいけないの」


 幼女は何やら偉そうに言うと、よりによって俺とユリィの間に割り込んできた。おおう、なんて邪魔くさいブツだろう!


 しかし、俺と違ってユリィは、


「まあ、そうなんですか。ちゃんとお母様のことを考えて行動されてるなんて、すばらしいですね」


 と、にっこり笑って、幼女を大歓迎している様子だ。


「へへ、当たり前でしょ。あたちも大きくなったら、ママみたいなすごい歌手になるんだもん。ちゃんと子供のうちからいい子にしてないとダメなんだもんね!」


 と、幼女は謎理論を唱えながら、ますます調子づいたようで、そのままユリィにもたれかかった。いくら幼女だからって、出会って一分足らずで俺のユリィにこの態度とか、ちょっとずるくないですかね……。このさい、俺も幼女になってユリィに抱きつきたいんだが!


 と、そこで、俺たちがいる屋根の下から、歌う翼セイレーンたちの歌声が聞こえてきた。なるほど、確かにお歌のレッスン中のようだ。


 歌声をよく聞いてみると、シャンテリーデがやはりメインボーカルのようで、その他の歌う翼セイレーンたちはバックコーラスって感じだった。スーパースターなだけに、シャンテリーデの歌声はやはりその他大勢とは別格で、オーラがみなぎっていた。音楽にはまったく興味がない俺ですら、ちょっと聞きほれちゃうくらいだった。


「シャンテリーデさんの歌声、すごくきれいですね」


 ユリィも俺と同じ気持ちのようだった。まあ、誰が聞いてもそういう感想になるか。まさにホンモノってやつだ。


 俺たちはしばらく無言で、その歌声を聞いていた。あくまで練習らしいが、俺が聞く限りでは完璧な歌唱のように思えた。まだどこか練習の余地があるのか、コレ?


 やがて、幼女はその歌声にあわせて歌い始めた。幼いながらも伸びやかで美しい歌声だった。やはりあの女の娘というだけのことはある。


「わあ、すごく歌がうまいんですね!」


 ユリィも感心したようだった。


「お姉ちゃんも、一緒に歌おうよ」

「え、わたしですか? すみません。歌はあまり得意ではないので……」

「いいから、歌お! お歌はね、みんなで一緒に歌うと楽しいの!」


 幼女はユリィのローブの袖を引っ張って強くせがんだ。この幼女、みんなと言いながら、俺はガン無視の様子である。


「じゃあ、ちょっとだけ」


 ユリィはやはり押しに弱い性格なのだろう、幼女の頼みを断り切れなかったようだ。かなり自信なさそうだったが、聞こえてくる歌声にあわせて歌い始めた。


 俺は当然、全神経を耳に集中させてその歌声を聞いたが、


「……あ、あれ?」


 なんか思っていたのと違って、ユリィのやつ、本気で歌が下手みたいだ。声はすごくきれいなんだが、めちゃくちゃ音が外れまくっている……。


「わあ、お姉ちゃんってば、すごい音痴! おもしろーい!」


 幼女は大笑いしはじめた。


「だ、だから、わたしは歌が得意じゃないって言ったじゃないですか……」


 ユリィはたちまち真っ赤になってしまった。


「あたち、こんなにヘタクソな歌、初めて聞いちゃった! なんでそんなに音が外れてばっかりなの? ママもママと一緒に歌う人たちも、全然音を外さないよ? なんでー?」


 幼女は何かのツボに入ったのか、ユリィの周りをぴょんぴょん飛び跳ねながら、無邪気にひどいことを言ってくる。ユリィはますます恥ずかしそうに顔を赤くしている。


「バカだな。こいつはお前を笑わせるために、わざと音を外しまくったに決まってるだろ」


 さすがに見ちゃいられないので、俺はすかさずフォローした。


「わざと? ほんとは、すごくお歌が上手なの、このお姉ちゃん?」

「そ、そうに決まってるだろ!」

「ほんとお?」


 幼女は半開きの目で俺をじっと見つめた。うう、俺ってばまるで信用されてない……。


「よし、ここは一発、俺が本物の音痴ってやつを見せてやろう! お前は黙って聞いてろよ!」


 と、俺は叫び、可能な限りヘタクソに歌った。ただ、歌にはリズムや音の流れがあるわけで、音程は外そうとしてもなかなか外せなかった。俺ってば、歌唱能力は普通レベルなのだ。


 ユリィのやつ、なんであそこまできれいに音を外せて歌えたんだ?


 幼女がすごいと言ったように、音痴というのは一種の才能のような気がしてきた……。

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