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 その後、キャゼリーヌとヤギも「ワンダートレントの生息地について調べてくる」と言って、歌姫の館を出てベルガド大学に行ってしまった。最初はキャゼリーヌだけ行くつもりだったようだが、直前でヤギも同行すると言ってきたのだ。その目は何やらギラギラ光っていた。やはりこのヤギ、ワンダートレントとやらには並々ならぬ執着があるようだった。そんなに美味かったのか、ワンダートレントのたけのこ。


 さて、というわけで、俺とユリィとヒューヴだけが館に取り残されたわけだったが、


「なーなー、お前アルだろ? 久しぶりだし、昔みたいにまた手合わせしようぜー」


 と、ヒューヴがめちゃくちゃ俺に絡んでくるので、館の庭の開けた場所で一緒に体術の特訓をすることになった。まあ、ヒマだしな。しかし、このバカ、昨日俺と真剣勝負したこと、もう忘れてるんじゃないか……?(こいつの記憶だと「ついさっき」のことになるんだろうか?)


 で、まあ、あくまで体術の特訓なのでヒューヴに「飛ぶの禁止な?」と言ってから始めたわけだが……。


「わ! わ! アル、おま! 本気でオレを殺そうとするなよ!」


 という感じに、ヒューヴはひたすら俺の拳や蹴りから逃げるばかりで、訓練になるんだかならないんだかわからなかった。一応、俺としては寸止めするつもりで攻撃してるのだが。


「お前こそ、逃げてばっかりじゃねえかよ。少しは俺を殺しに来いよ? 俺はお前ぐらいの拳なら何発当たっても屁でもねえからな?」


 俺はヘタレの鳥人間を鼻で笑うしかなかった。自分から手合わせしようって言ってきたのに、なにさ、そのへっぴり腰。俺、ほんとは久しぶりにお前と手合わせするの、ちょっとだけうれしかったんだぞ。俺の速さについてこれるの、今のところお前ぐらいだからなあ。


「アールー。なんでそういうイジワル言うかな? オレ、ちゃんと飛ばずにお前の特訓に付き合ってやってるじゃんよ? いつもみたいに飛べたら、お前なんか全然怖くないっての!」

「いや、お前が手合わせしようって言ってきたんだろ。そのお前が飛んで距離取ったら、『手合わせ』にならないだろ」

「えー、でもこの状況だと、オレ、圧倒的に不利じゃん! 弓も使えないし!」

「俺だって別に格闘専門じゃねえよ。メイン武器は剣だぞ」

「嘘だ! アルは近接戦闘ならどんな武器でも使いこなす近接バカだって、昔ティリセが言ってたぞ!」

「お前、クソつまんねえことはよく覚えてるのな……」


 まあ確かにその通りですけど、このバカに何かしらの形でバカって言われると、イラっとしちゃうわよ、もう。


「でも、そんな近接バカのアルもオレにはまだ一発も当ててないな! やっぱオレ、すげーな!」

「いや、お前、昨日思いっきり俺にやられただろ……」

「昨日?」

「まあ、お前の記憶ではついさっきのことかもしれんが」

「ああ、そういやさっき、お前と一緒にちんこ揺らして戦ったな――」

「い、いや! その話はいいから!」


 近くでユリィが俺たちの様子を見ているので、俺はあわててバカの言葉をさえぎった。


「終わった戦いのことはもうどうでもいい! 今は目の前の戦いに集中するんだ、ヒューヴ!」

「え、でも、さっきのことはアルが言いだしたことじゃ――」

「戦いの最中に無駄口をたたくなあっ! うおおおっ!」


 俺はさっきよりは激しく拳や蹴りを繰り出した。すべてをうやむやにするために!


 やがて――、


「うわあっ!」


 という悲鳴とともにヒューヴは俺の前からぶっ飛ばされていった。俺が半ばヤケクソで出した正拳突きが命中したのだった。


「だ、だいじょうぶですか、ヒューヴさん!」


 ユリィはすぐにヒューヴのもとへ駆け寄った。相変わらずやさしいな、ユリィは。


「ユリィ、そのバカなら何も心配いらないぜ。たいしたダメージじゃないはずだ」


 そう、そのバカのやつ、命中直前で自分から後ろに超加速して、俺の正面からの拳の衝撃を半減させやがったからな。飛ぶの禁止って言っただろうがよー。まあ、俺も寸止め忘れてたからおあいこか。


「いやもう、オレ、マジで今ので死ぬかも? ユリィちゃん、助けて。オレ、アルに殺されちまう」


 ヒューヴはわざとらしく言うと、ユリィにもたれかかった。こいつ、どさくさに何やってんだよ! あわててそっちに行き、そのドスケベバカをユリィから引きはがした。


 と、その直後、


「まあ、なんてすばらしい戦いだったのでしょう! ジーグ様、アルドレイ様!」

「私たち、すっかりみとれてしまいましたわ!」


 と言いながら、館の使用人の歌う翼セイレーンたちが俺たちのところに集まってきた。どうやら、遠くから俺たちの手合わせを見ていたらしい。


「お二人の動きがあまりに素早いので、私たち、全然目で追えませんでしたわ!」

「これが伝説の殿方同士の戦いなのですね!」

「私たち、感動しましたわ!」


 歌う翼セイレーンたちは大いに盛り上がっている様子だ。セレブ芸能人のところで働いているだけに、みんな若くてきれいな女の子たちだ。


「い、いや、別にこれぐらい、たいしたことねえよ!」


 照れくさくなって、思わずぶっきらぼうに言ってしまう俺だったが、


「そうだよな。オレたち、マジすごいやつだし? もっといっぱい褒めてー、えへへ」


 バカはひたすらデレデレしているようだった。謙遜とか知らんのか、こいつ?


 と、そこで、こんな俺たちを少し離れたところから見ているユリィの視線に気づいた。見ると、なんだかとても落ち着かないような顔をしている……?


 あ、そっか。あいつ、俺がこういう状況だと、不安になるやつだっけ。


 なんせユリィは、自分に自信がない奴だからな。だから、俺がこういうふうに誰かにチヤホヤされているのを見ていると、俺が遠くに行ってしまったように感じてしまうらしい。


「お前ら悪い、あとの話はコイツに聞いてくれ」


 俺はまとわりついてくる歌う翼セイレーンたちをヒューヴに押し付けると、すぐにユリィのところに行った。

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