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 さて、その後もヒューヴの記憶掘り起こし作業は続いたが、有力な手掛かりになりそうな情報は何も出てこなかった。


 やがて、ザックもだいぶ疲れてきたようだったので、作業を終えることになった。結局、俺たちはワンダートレントという竹もどきの植物系モンスターを探す以外、他に方法はなさそうだった。ソースがバカの記憶しかないのが非常に頼りないが。


「ザックもじいさんも今日はありがとな。おかげで助かったぜ」


 ヒューヴの拘束を解いて作業を完全に終えたところで、俺はじじいたちに礼を言った。なんだかんだあったが、一応収穫らしきものはあったしな。


「いえ、私は何もしておりません。私の孫のザックがすべてやったのですから。さすが私の孫です!」


 じいさんは相変わらず孫バカ全開でザックを持ち上げている。


「い、いや、俺はじいちゃんの言ったとおりにやっただけなんだぜ?」


 ザックもじいさんに褒められて何やら調子づいてるようだ。まあ確かに、予想外にがんばってくれた感じではあるが。


「やはり、勇者様と一緒に旅を続けることで、一回りも二回りも成長したのだろうな。ママもきっと、お前の今日の活躍を聞いたら喜ぶことだろう」


 じいさんはニヤケ顔のまま、うんうんとうなずいている。ここでママ呼びかよ。


 と、そのとき、


「ご当主様、大変です!」


 じじいのいる部屋にメイドの一人が入ってきたようだ。何やらただならぬ雰囲気で。


「いったい何事だ?」

「それが……若奥様がハシュシ風邪で倒れたそうです!」

「なんだと!」


 じいさんはぎょっと驚いたようだった。


 いや、驚いたのはもちろん、じじいだけではなく……、


「え、ママがハシュシ風邪に……」


 ザックもたちまち顔面蒼白になった。


「ちょっと待て、ハシュシ風邪って確か、十五歳から四十歳までだと死亡率が5%って聞いたんだが? お前の母ちゃん今いくつだよ?」

「お、俺のママは三十七歳なんだぜ……」

「わかっ!」


 さすが名門貴族の家だ。ずいぶん早いうちに結婚してやがる。


「じゃあ、お前の母ちゃん、これから5%の確率で死ぬってことに――」

「お、俺のママが死ぬわけなんだぜ! 俺のママなんだぜ!」


 ザックはぷるぷると体を震わせながら、声を張り上げる。その顔は真っ赤だ。いかにも不安を隠して、強がっている様子だ。


「ザックさんは、ハシュシ風邪にかかったことはあるんですか?」


 と、ユリィがザックに尋ねた。その震える手をそっと握りながら。


「あ、ああ……。俺は子供のころ、ハシュシ風邪にかかったことがあるんだぜ。そのとき、ママはまだハシュシ風邪にかかったことがなくて、病気がうつると大変だからって、看病してもらえなかったんだぜ。さみしかったんだぜ……」

「まあ、そうだったんですか」


 ユリィは涙ぐむザックの頭をやさしく撫でた。


「だったら、もうハシュシ風邪がうつされる心配はないですし、すぐにお母さんのところに戻ったほうがいいんじゃないでしょうか? ザックさんが一緒なら、きっとお母さんも元気づけられると思いますよ」

「え、でも……俺はまだ家に帰れるほど、立派なオトコにはなってないんだぜ?」

「いや、ザック! その女性の言うとおりだ。今すぐ家に戻ってきなさい!」


 と、じいさんは涙ぐむザックを一喝するように叫んだ。


「ママはきっと今、熱にうかされながら、家を出て行ったお前のことを考えているだろう。お前が修学旅行を抜け出したことを聞いた日から、ずっとお前のことを心配していたからな」

「マ、ママが……」

「立派なオトコになるための修行ならいつでもできるだろう? だが、病気で苦しんでいるママを支えてやれるのはお前しかいないのだよ。だから、すぐに家に戻っておいで!」

「……わ、わかったぜ」


 少しばかりためらうように沈黙したのち、ザックはうなずいた。


「よし、ではお前は今からドノヴォンの大使館に行きなさい。お前の出国手続きや飛竜の手配は全部じいじがやっておくから!」

「ああ、頼んだぜ。じいちゃん」


 そこで、ラスーン家との通信は終わった。


「すまねえ、勇者様。俺、これ以上、一緒に旅を続けることはできねえ……」

「いや、別に謝る必要ないだろ? お前成り行きでなんとなく俺たちと一緒にいただけだし、たいして役に立ったなかったし――」

「たとえ家に帰ったとしても、俺の心は勇者様たちとともにあるんだぜ!」

「聞けよ」


 なぜさっきから俺の話を聞かないやつばっかりなんだ。


「ザックさんがいなくなるのはすごく心細いですけど、しょうがないですね。お母さんの病気が一日でもよくなることをお祈りします」


 ユリィは相変わらずやさしいな。


「ザック、少しの間だったが、お前と一緒に旅ができたことはとても有意義な体験だったと思う。達者でな」


 ヤギも相変わらず男前だな。


「ザックどの、私の通信機能を使えば、いつでも貴殿の家とは連絡が取れる。私たちの距離が離れてしまうことは、たいした問題ではないだろう。心が離れない限り」


 キャゼリーヌもなんかシャレたこと言いやがって。


「あ、もしかして、こいつをここから追い出すのか? そうだよなー。こいついかにもチビで足手まといだもんなー」


 しかし、バカだけは相変わらずバカのままだった。空気読めよ、バカ。


「おい、ザック。わざわざ俺様のパーティーから離れて、母ちゃんのところに帰るんだから、ちゃんと母ちゃんを看病してやれよ? 手を抜いたら承知しねえからな!」


 とりあえず、俺も改めて別れの言葉を口にした。


「ああ、ありがとう。みんなも元気でな!」


 そう答えると、ザックはやがてすぐに身支度を整え、歌姫の館を出て行ってしまった。

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