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「あ、そうだ! その緑色のやつらは、確かにワンダートレントってやつだった! よくわかったな。すげーな、そこの黒ヤギ!」


 と、ヒューヴはヤギの言葉に大きくうなずいた。どうやらそれであってたらしい。竹じゃねえのかよ。


 というか、何気にこいつ、ヤギの幻術が効いてないのか。まあ、バカでも腐っても高レベル冒険者のはずだし魔法防御それなりにあるか。まあいいか。


「で、ワンダートレントってのはなんなんだよ、黒ヤギさん?」

「独特の姿をした植物系モンスターだ」

「まあ、トレントってことはそうだろうな」


 木のお化けみたいなモンスターだっけ。


「あ、あの、勇者様たちはなぜ突然この方をヤギと呼ばれて……?」


 と、そこでシャンテリーデが戸惑いをあらわにしながら尋ねてきた。ああ、そうか。そこの二重の意味で高レベルのバカはともかく、ただの芸能人のこの女にはヤギの幻術が効いたままだったか。


「ああ、シャンテリーデさん、実は……」


 かくかくしかじかとヤギの基本情報を説明した。


「まあ、そうだったんですの。こちらは聖獣カプリクルス様だったのですね」


 シャンテリーデは何やらヤギを尊敬のまなざしで見つめ始めた。どうやらヤギバレして好感度が大きく上がったような気配だ。マジで聖獣として人々にあがめられる存在だったのか、このヤギ。


「え、聖獣って何? アルはこいつを非常食として連れまわしてるんじゃなかったのかよ?」


 まあ、バカのコメントは相変わらずだが……。食うなよ。どうせオスのヤギなんてまずいだろうがよ。


「で、話を元に戻すが、ヒューヴ、そのワンダートレントってモンスターとベルガドの祝福には何か関係があるのか?」

「うん。ある」

「何が関係あるんだよ?」

「オレ、確かそいつらに頼んで、ベルガドってやつと話をしたんだ」

「マジか」


 ベルガドと会話できる専用回線持ってるモンスターなのか。


「で、そいつらはどこにいるんだよ?」

「そりゃあ、森の中だろー」

「広いな、オイ!」


 このベルガド、森だらけなんですけど! 駅とか海とかふわっとした単語で待ち合わせするギャルゲじゃねえんだぞ。


「トモキ、ワンダートレントは森の中を転々と移動している種族だ。また、今では希少種で、このベルガドに少数の原種の生き残りがいるだけだという」


 と、そこでヤギが俺に言った。


「今では希少種? 昔はいっぱいいたのかよ」

「ああ、多くは俺たちカプリクルス族に食いつくされて今に至る」

「……お前たちが食いつくした?」

「ワンダートレントの地下茎は大変な美味でな」


 と、ヤギは再び琥珀色の瞳をギラギラ光らせながら言う。なんだこのただならぬ気迫。というか、地下茎が美味いってそれやっぱり竹じゃねえかよ。タケノコじゃねえかよ。


「まあ、確かに美味いけどさあ」

「おお、トモキ! お前もその地下茎を食したことがあるのか!」

「ええ、まあ」


 筑前煮とかに入ってるよね。


「でも、いくら美味いからって、希少種になるまで食いつくすことはないんじゃないか? お前ら、ちょっとは自重しろよ」

「何を言う。弱きものは強きものに食われるのが、自然の摂理だぞ」

「そ、そうね……」


 やっぱ種の保護意識とかはないのか、このヤギ。


「それに、俺たちが彼らを食べるようになったのは、人間に彼らの駆除を頼まれたからだぞ」

「駆除?」

「彼らはもともとこのベルガドの片隅でひっそりと生きる種族だったのだ。しかし、ある日、何者かが彼らをベルガド国外に持ち出して増やし始めたのだ。その地下茎を食材として利用するために」

「美味いもんなあ」


 たけのこ。


「だが、国外に持ち出された彼らは、すぐに専用の地下茎牧場から脱走し、各地の森を荒らし始めた。彼らの成長速度は異常だった。既存の生態系を破壊しながら、瞬く間に増え続けた」

「なんかどこかで聞いたような話だな?」


 いわゆる侵略的外来種ですね。


「やっかいなことに、彼らワンダートレントは除草系の魔法や薬物に異常に強かった。人々はもはや、その増殖を止める手段を持ち合わせていなかった」

「まあ、アレは実際タフだよな」


 竹にはラウンドアップを薄めずに原液で使えって、サイトに書いてあったしー。


「そこで人々は、俺たちカプリクルス族に救いを求めた。薬物などで枯らせぬのなら、いっそ食い尽くしてくれ、と」

「ヤギ部隊の投入か」


 ヤギをレンタルして除草させるみたいな話か。


「俺たちとワンダートレントたちとの戦いは苛烈を極めた。彼らの成長速度は異常だ。俺たちが食っているそばから、彼らは増殖し続けるのだ。なんという終わりの見えない戦いだろう!」

「いや、ようするにお前ら食ってるだけじゃねえか」


 苛烈ってなにさ?


「しかしやがて、俺たちはその戦いに勝利した。ベルガド国外のワンダートレントは俺たちの捕食により完全に撲滅され、各地の森は元の生態系を取り戻した……だが、それで終わる話ではなかった!」

「え、まだ何か続きが?」

「ああ、俺たちはその後しばらく『ワンダートレントロス』に悩まされることになった」

「ロス? もしかして、その味に軽く中毒になってたの、お前ら?」

「そうだな。あの地下茎は本当に美味いものだった。ぜひまた食べたいものだ……」


 ヤギは何やら口を動かしながら、うっとりとした顔で語る。


「い、いや、ここにいる連中は食っちゃダメだろ! 外来種でもなんでもないんだから!」


 バカの話によると、ベルガドにコンタクトできる唯一の種族らしいからな。俺の用事が片付く前にヤギに食われてはかなわん。

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