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そのあともヒューヴの脳への記憶掘り起こし作業は続いたが、なかなか三百年前の記憶にはたどりつかなかった。やはりこのバカ、無駄に長く生きすぎなんだ。ザックがだんだん慣れてきたから人格がバグる事故は減ってきたが、やってもやっても中途半端に古い記憶ばっかり出てきやがる。
たとえば、いきなり百五十年前の話を語り始めたり。
「そう、あれはオレがまだ若かったころ、今から百五十年前の話だ……。オレはとある国の王様が主催した超ビッグな討伐イベントに参加したんだ……」
「だから、そういう話は今はいらないんだが?」
「討伐対象はなんとあの奔流の壺鯨ファルン・クトゥンだった」
「聞けよ」
マジで超ビッグな案件すぎて草だが、俺にはまったく関係ないことなんだが?
しかし、その後もヒューヴは遠い目をしながらその討伐の話を黙々と語るのだった。なんでも、その王様がディヴァインクラスの奔流の壺鯨ファルン・クトゥンを討伐しようと考えたのは、そのクジラのヒゲで楽器を作るためだったそうだ。無類の楽器オタだったそうで。確かに、クジラのヒゲはいい弦楽器の材料になるらしいが、よりによって素材に求めるのがディヴァインクラスのモンスターかよ。オタこじらせすぎだろ。
で、当然その討伐クエストは失敗した。酔狂な王様が金で集めただけの討伐部隊にディヴァインクラスのモンスターが倒せるわけはなかったのだ。討伐に参加したヒューヴだけは、かろうじて魔弓ブラストボウでクジラに一撃浴びせたらしいが(魔弓は魔剣と同じく、物理障壁を破る効果があるぜ!)、反撃で「超ハイパー激ヤバ水鉄砲」を食らい、「世界の端から端まで」吹っ飛ばされ(何その表現?)、どこかの浜辺に墜落し、重傷を負ったのだそうだ。
「そのときのケガのせいで、オレはしばらく記憶をなくしてたんだ。自分の名前すらも思い出せないほどに」
「いや、お前ケガしてなくても、常に記憶なくしてるようなもんだろ」
「確か、そのケガをする前までは、オレはジーグって名乗っていた」
「聞けよ」
って、まあ、そこがコイツの名前が変わったポイントだったってのはわかったが。
「じゃあ、今のヒューヴって名前はどっから出てきたんだよ?」
「そのとき、ケガしたオレを拾ってやさしく介抱してくれた女の子がいたんだ」
「その子につけられたのか?」
「ああ。ちょうどその子が飼っていた犬が死んだばかりで、その名前をもらった。それがヒューヴ」
「そう。死んだ犬の名前ね……」
思ったより雑な由来だった。
「その子のおかげでケガがすっかりよくなったオレは、やがて記憶を取り戻し、そういえばまだ討伐の報酬をもらってなかったことも思い出して、その国に帰った。でも、なんかもうその国なくなってた」
「なくなってた?」
「更地になってた」
「い、いやそれどういう……?」
「なんか、大雨とダイカイショウ?が続いて、国ごと全部水に流されたらしい」
「水に? もしかして、クジラの仕返しか?」
「どうかなー?」
「いや、そうとしか考えられねえだろうがよ……」
バカな王様のせいでクジラ様の怒りを買い水に流されるとか、国民かわいそうすぎぃ!
「だから、オレは金をもらえなくて……いろいろあって今にいたる?」
「いや、そこで現在に帰ってきて話をまとめるな。もっと過去に遡れ」
俺はバカの頭をぐりぐり指で押しながら、さらに念を押した。
その後もしばらく、ヒューヴのどうでもいい昔話は続いた。ただ、次第にその話は古くなっていっているようだった。だんだん記憶の奥底に電気刺激が届いて言っているのだろうか。
やがて、ついに――、
「お、思い……出した! オレはあいつらを通じてベルガドってやつと話をしたんだ!」
と、ようやくベルガドの祝福にかかわることを思い出したようだ! おお! さすが俺の昔の仲間ヒューヴだ! お前ならやればできるって信じてましたよ!
と、一瞬喜んだわけだが、
「あいつらってなんだよ?」
「さあ?」
肝心なことが何も思い出せてない……。
「じゃあ、どんな感じでベルガドと話をしたの?」
「さあ?」
「ベルガドに祝福されたとき、どんな気持ちだった?」
「さあ? たぶん、よかったんじゃないかなって」
「たぶんってなんだよ! てめえ、何も思い出せないからってテキトー言ってんじゃねえぞ!」
俺はいらだちのあまり、声を荒げずにはいられなかった。これじゃ、何も思い出せてないのと同じじゃないか。
「ヒューヴ、いいからもっと意識を集中させて、当時のことを思い出してみろ!」
「うーん?」
ヒューヴは目をぎゅっとつむり、何やら深く考え込んだった。
そして、そのまま待つこと約二十分後(長い!)、
「確か……あそこには緑色の棒がにょきにょきと地面から生えて……」
なんか関係あるんだかないんだかわからんことを口走るヒューヴだった。
「おい、ヒューヴ。緑色の棒ってなんだよ?」
「そりゃあ、緑色の棒に決まってるだろ」
「そのまんまじゃねえか!」
「え、だってあれは本当にそう呼ぶしかない何か……あ、待てよ?」
「なんだよ?」
「棒って言うよりはもうちょっと太かった気がする?」
「つまり、緑色の太い棒?」
「そうそう! それがいっぱい地面から生えてたんだ!」
「なんだよそれ、運動会の棒倒しの会場かよ」
それがどうベルガドの祝福に関係あるのか、さっぱりわからんぞ!
「あとなんか、細長い葉っぱもついてた」
「え、それ、もしかして植物なの?」
「あと棒には節がついてた。棒の中はからっぽみたいだった」
「つまり、緑色の幹をしていて、細長い葉っぱがあり、幹には節があって、その中は空洞の植物……」
あれ? それってアレじゃんよ? どう考えても、一個しかないじゃんよ?
「ヒューヴ! その緑色の太い棒って、竹――」
「間違いない。ワンダートレントだな!」
と、俺の言葉を遮り、ヤギが言った。琥珀色の目をギラギラと光らせながら。
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