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 その後もヒューヴの様子は何度もおかしくなったが、元々バカでテキトーなメンタルなだけに、元に戻すのは簡単なようだった。そのままザックは超微弱電気ショックによる記憶の治療(?)を続けた。


 やがて、そんなヒューヴに変化が現れた。何か思い出したようなのだ。


「そ、そうだ、思い……出した! あの『揺れ』は……」


 と、バカらしくない遠い目をしながらつぶやくヒューヴだった。


「揺れ? いったい何の話だよ、ヒューヴ?」

「そう、あれは今から十五年前、オレはアルやティリセやエリーと一緒に旅をしていた――」

「いや、そんな最近?のこと思い出さなくていいんだが。思い出してほしいのは三百年前のことなんだが」

「当時のオレは若かった。みんなも若かった……」


 何やら目をキラキラさせてヒューヴは言う。おい、人の話聞けよ。


「だいたい、お前は当時も今もある意味若いままだろうが。ツルツルの新品同様の脳みそしやがって」

「……あの晩、オレたちは山の中で温泉を見つけたんだ」

「聞けよ」


 何の話だよ。


「まあ、待て、トモキ。彼が思い出そうとしているのは、お前との思い出のようだぞ。それは、お前たち二人の関係にとっては、とても大事なことなのではないか?」


 と、ヤギが、ヒューヴの語りを止めようとしている俺をさらに止めに来た。


「……まあ、確かにそうか」


 俺がそのアルドレイだって、こいついまだに気づいてないみたいだからなあ。


「で、そのとき、温泉を見つけてどうしたんだっけ?」

「入った」

「まあ、そうだろうな」


 温泉だからなあ。その時のことは俺もさっぱり覚えてないが、普通入るよね。温泉だもんね。


「温泉はティリセとエリーが最初に入った。のぞきたかったけど、魔法でがっちりガードされて、二人の裸は見れなかった……」

「その回想、いる?」


 若い時のエリーはともかく、ティリセみたいな貧乳の裸なんか見る価値ないだろうがよ。


「二人のあと、オレもアルと一緒に温泉に入った。茂みの中で向かい合って、お互い服を脱いで生まれたままの姿になって。星がきれいな夜のことだった……」

「いや、そこムーディーに語るのやめよ?」


 バカのくせに語りに変な雰囲気入れてんじゃねえよ。


「入ってみると、温泉はポカポカしててとても気持ちがよかった。オレたちは、湯の中で酒を飲んで、はしゃいだ。そして、そのうち酔いがだいぶ回ってきて、アルが揺らし始めたんだ……」

「俺が? 何を揺らしたんだ?」


 何も覚えてないんだが!


「……ちょうどそこに、リンゴがあったんだ」

「それが君の仲間のアルドレイ君の揺れと何の関係が?」

「ナイフもあった。ナイフを結びつけるのにちょうどよさそうな紐もあった」

「まあ、冒険者だからそれぐらいは持ち歩いているよな。それがどうしたよ?」

「だから、アルはナイフをそこに結び付けて……」

「そこってどこだよ」

「……ちんこ」

「え」

「アルのやつ、素っ裸で前後に腰を振って、ちんこからぶら下げたナイフを揺らして、それで足元のリンゴを斬って――」

「ちょ、その話やめよう! やめやめ!」


 突然何思い出してるんだよ、このバカ!


「ト、トモキ様、昔はそんなことをしてたんですね……」


 見ると、ずっと話を聞いてたらしいユリィが真っ赤になっている。くそうくそう! 何でよりによって、俺のそんな恥ずかしいエピソードだけ思い出してるんだよ! 俺は何も覚えてないってのにさ!


「アルが腰を前後に振るたびに、ナイフはぶらーんぶらーんと揺れて、リンゴは切れていって、オレはそれを見て爆笑して――」

「も、もういい、お前は何もしゃべるな!」

「そうだ、思い出した。あのナイフは確か、鞘が黒い皮で二つ頭の蛇の模様が入ってた――」

「あ、それってザドリーさんのお父さんの形見のナイフじゃないですか」


 と、ユリィがはっとしたように言うと、


「え、昔の勇者様って、人の親の形見のナイフをそんなことに使っていたのか?」

「まあ、なんてヤンチャなことなんでしょう」


 ザックとシャンテリーデも俺のほうを見やがった。うう、恥ずかしい……。


「い、いや、当時はまだ誰の形見にもなってないナイフだったよ。しいて言えば、俺の形見?」

「まあ、誰の形見でもいいけど、普通のナイフの使い方じゃないよな。さすが勇者様だぜ」


 ザックはぷるぷると体を震わせ、いかにも笑いをこらえている様子だ。くそう、くそう!


「……アルがそのとき言うには、いずれそこで武器を使って戦うための練習だって――」

「そ、そんなバカなこと、本当に伝説の勇者様が言ったのか?」


 俺まったく記憶がないんですけど! なんだその汚い三刀流。ロロノア・ゾロの三刀流よりもだいぶ無理があるんですけど!


「なるほど。勇者たるもの、どんな状況下でも常に新しい戦い方を探求しているということか。さすがトモキどのだ」

「確かに、普通の人間に性器を駆使して戦う発想はないな」


 と、何やらキャゼリーヌとヤギは感心しているようだ。うう、これはこれで恥ずかしい。


「ヒュ、ヒューヴ! さんざん引っ張っておきながら、そんなクソしょうもないこと思い出してんじゃねえよ!」

「しょうもなくはない。オレとアルとの魂に刻まれた、大切な思い出だ……」

「そんなの魂に刻まないでくれる」


 だいたい魂に刻むも何も、お前今まで忘れてたことじゃねえかよ。(俺もな!)


「それに、オレはようやく気づいたんだ。さっきお前が空中戦で見せた、ちんこの揺れ。それはまさに、昔オレが温泉で見た、アルのちんこの揺れと全く同じ動きだった!」

「え」

「そう、お前は確かにオレの昔の仲間、アルドレイだった! オレ、やっとわかったんだよ! お前は間違いなく、オレのかつての大親友だったって!」


 ヒューヴは輝くような笑顔で俺を見て言う。


「そ、そうか。俺が誰なのかようやく思い出して何よりだ……ハハ」


 なんでよりによって、ちんこの揺れで気づくんですかね……。


「え、勇者様、空中戦でこいつにちんこ見せたってどういう状況?」


 と、ザックがまた何か言ったが、「うるせえ! 細かいことはいいんだよ!」とヤケクソになって怒鳴り、その質問を一蹴した。

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