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 その後、他の犯罪についてもヒューヴに話を聞いてみたが、いずれも本人に犯罪の自覚はないようだった。その無自覚犯罪が積もりに積もって懸賞金四百万ゴンスの凶悪犯になったってわけか。さすがかつて伝説を作った男。犯罪者としてもいろんな意味で規格外だぜ。(俺も人のこと言えないがな!)


 また、それらの無自覚犯罪は、ここ一か月に集中していた。なんでも、俺があの暴マーを倒したせいで、ヒューヴがそれまでやってきた討伐などの冒険者の仕事がなくなったのが原因だという。そういや、こいつ、金がないって言ってたな。


「ヒューヴ、お前ほんとバカだな。お前くらいの腕なら、討伐の仕事がなくなっても、どっかの貴族のお抱えスナイパーになるとか仕事はいくらでもあっただろうがよ」

「え、貴族のお抱えって何それ?」

「そんなことも思いつかなかったのかよ。生きるの下手すぎかよ!」


 俺はため息をついた。こいつ、本当に四百歳オーバーのジジイなのか? 頭の中身がお粗末すぎるだろ。


 と、そこで、


「……あのう、勇者様。この男は本当に、あなたのかつてのお知り合いなのですか?」


 刑事が困惑しきった顔で俺に尋ねてきた。


「今のやつの話を聞く限り、なんというか、そのう……非常に残念な頭の持ち主で……」

「まあ、すごいバカだよな」


 こんなやつ相手にこれから取り調べするとか、ちょっと同情してしまう。


「こいつは昔からこうなんだ。俺とパーティ組んでたころと、何も変わっちゃいねえよ」

「そ、そうですか。しかし、彼はあの古代翼人エンシャント・ウィングだというではないですか」

「? それが?」

「いや、古代翼人エンシャント・ウィングというのは、有翼人の中でもひときわ能力の高い種族と決まっているでしょう? それがあんなバ……不自由な知能の持ち主だなんて……」


 と、刑事がつぶやいたところで、


「それは違いますよ、刑事さん」


 と、ヤギが刑事に言った。


「刑事さん、あなたはおそらく、古代翼人エンシャント・ウィングというものを誤解しておいでではないでしょうか。あらゆる面で人より秀でた、完璧な種族だ、と」

「え、そうではないのですか?」

「まあ、だいたいにおいてそれは正しいと言えるでしょう。彼らは実際、人よりはるかに秀でた魔力、敏捷性、寿命を持ち、目鼻立ちも整っているものがほどんどだそうです。ただ、ある一つの点だけは大きく人間に劣っており、それゆえ彼らは滅亡の道をたどっているのです」

「ある一つの点?」

「はい。彼らはみな、知能が低いのです」

「種族レベルでバカなのかよ!」


 と、俺は思わずツッコミを入れずにはいられなかった。バカが生まれつきとか、またひどい種族だ。


「な、なるほど……。確かにこの容疑者を見る限り、それは納得するしかないお話ですね。しかし、それで滅亡の道をたどっているとは一体どういう?」


 刑事はさらにヤギに尋ねた。


「実は、有翼人のみが好んで食べる木の実があるのですが、これは約二百年周期で猛毒の赤いカビが発生することがあるのです。もちろん、古代翼人エンシャント・ウィング以外の有翼人の場合は、知能は人間と変わらないのですぐにこのカビの毒に気づいて被害を最小限に抑えることができるのですが、古代翼人エンシャント・ウィングだけは知能の低さゆえに毎回対応が遅れ、赤いカビの発生ごとにその毒で大きく数を減らしてしまうのだそうです」

「え、そんな理由で彼らは滅びかかっているのですか? そんなバカな話があるのですか?」

「あるのです」


 どきっぱりとヤギは言い切った。またなんというバカ極まりない滅亡理由だろう。まあ、正しい自然淘汰のありようとも言えるだろうが。種族まるごとダーウィン賞もらえそうな話だ。


「なるほどなあ。他の能力が高くてもバカだとどうしようもねーって話かあ」


 と、ザックも笑いながら言った。


「なんだよー。みんなでコソコソ話しながら、オレをバカにしてるじゃねえよ。バカって言うやつがバカなんだからな! バーカバーカ!」


 と、バカゆえに絶滅寸前になっている種族の男はぷりぷり怒っている。


「しかし、そのように低知能の種族だとすると、やつの容疑者としての責任能力は……」


 刑事はいよいよ困惑しきっている様子だ。確かに、警察としてはそれは非常に悩ましいところだろう。バカゆえの無自覚犯罪の数々だしなあ。


 と、そのとき、


「刑事、ヒューヴ容疑者の弁護人だと名乗る女性がいらっしゃいました!」


 刑事の部下の巡査らしい男が、そう言いながらこっちに駆け寄ってきた。


「弁護人? そんな話は聞いていないが……とりあえず、面会ならまず予約を――」


 と、刑事が首をかしげた直後、


「あら? 予約が必要でしたの? すみません、もう来ちゃいましたわ、うふふ」


 という女の声が入り口のほうから聞こえてきた。


 見ると、有翼人の若い女がそこに立っていた。

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