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 やがてそんな、壊れたテレビをひたすらぶっ叩いて番組を切り替えるような人格ガチャを何十回か繰り返したのち、ようやく当たりが出たようだった。俺が新しく引いた人格をよく確かめないまま殴ろうとすると、やつは突如「うわ!」と叫んで、俺の拳をよけたのだ。今までの人格にはない、非常に素早い動きだった。


 しかも、


「なんでお前、いきなりオレを殴ろうとしてるんだよ? つか、ここどこだよ? なんでオレこんなところにいるんだよ?」


 ってな感じに、口調も元に戻っているようだ。


「おい、そこのお前、自分の名前を言ってみろ」

「なんだよ急に? オレの名前はヒューヴに決まってるだろ?」

「……よし、ちゃんと帰ってきたようだな」

「え?」

「コングラチュレーション、ヒューヴ! 君の長く苦しい心の旅が、やっと終わった! おめでとう!」


 俺はヒューヴに拍手した。


「お、おう?」


 ヒューヴも首をかしげながらも、俺につられたように拍手した。いやあ、元に戻って何よりだ。めでたいめでたい。


「で、なんでオレ、こんなところにいるわけ? オレ確か、お前に空中で蹴られたよな? あと、なんかお腹がタプタプする――」

「ここは警察の留置場だ。お前は俺に蹴られて墜落した後、警察に捕まったんだよ」

「え! なんだよ、それ! オレ、そんなの聞いてないぞ!」


 と、ヒューヴは瞬間、文字通り飛びあがり、檻の外に逃げようとした。だが、直後、ストンと床に落ちてしまった。


「うう……なんかうまく飛べない……」


 どうやら首につけられた魔力を封じる首輪のせいで飛ぶことができなくなっているようだ。そういや、有翼人は魔力を使って飛んでるんだったな。


「ざまあないな、ヒューヴ。それじゃ、もうどこにも逃げられないぞ」

「えー、なんでオレがこんなのつけられなくちゃいけないんだよ? 外せよー」


 ヒューヴは首輪を外そうともがくが、びくともしないようだ。フフ、魔力を封じられればお前もその程度か。情けねえなあ、俺ならそれぐらいの枷、すぐにぶっ壊せるっていうのになァ。ハッハ。


「ヒューヴ、もとはと言えばお前が罪を犯すのが悪いんだぜ。身から出た錆ってやつだ」

「なんだよ、それ? オレ、別に何も悪いことしてねえぞ!」

「いや、お前、盗みやら食い逃げやら、やらかしたらしいじゃん?」

「やってない! オレ何も盗んでないし、食い逃げもしないぞっ!」


 ヒューヴは不機嫌そうに頬を膨らませて言う。言い訳しているというよりは、ガチでそう思っているような表情だ。


「……なあ、刑事さん。コイツ本当に、盗みやらで指名手配されてた凶悪犯なのか?」


 小声で刑事に尋ねてみたら、


「ええ。間違いありませんよ。やつはこのベルガドに密入国してからも、大学から貴重な古文書を盗んだり、繁華街で無銭飲食したりやりたい放題ですからね」


 刑事は力強くうなずくのだった。


「その二件もすでに立件済みか」


 でも確か、やつが大学に古文書を盗みに行ったのは、それが自分のものだったと唐突に思い出したからだったような。おっパブの代金も一応「あとで払う」って言ってたそうだから、当人としては無銭飲食したつもりではないんだろう。


 つまり……つまりだな、こいつは……。


「じゃあ、他にどういう罪を犯してるんだ、こいつは?」

「はい。ベルガド国外の事案ですが、アイリーンという女性からは、結婚の約束をしてその準備資金を提供したところで、彼に逃げられたと被害届けが出ています。典型的な結婚詐欺犯罪ですね」

「ふーん? おい、そこのバカ。アイリーンって女の名前に覚えはあるか?」


 俺は落ち込んでいるヒューヴの胸倉をつかんで尋ねた。


 すると、


「ああ、アイリーンちゃんなら、確か、オレにお金をいっぱいくれたいい人だよ」


 と、ヒューヴはへらへら笑って言うのだった。


「その女から結婚詐欺にあったと被害届けが出てるらしいんだが?」

「へー。アイリーンちゃんもかわいそうだなあ。そんな詐欺にあうなんて」

「お前が詐欺をやった張本人だと告発してるらしいんだが?」

「え、オレを告発って、なにそれ?」

「いや、お前、その女と結婚の約束したんだろ? それで一方的に金を持ち逃げ――」

「オレ、別にアイリーンちゃんと結婚の約束なんかしてないよ?」

「えっ」

「アイリーンちゃんはただオレに金をくれただけのいい人だよー」

「……そ、そうか」


 ヒューヴの顔はやはり言い訳でそう言っているようには見えなかった。しかし、刑事が嘘を言っているとも俺には思えなかった。


 そう、やはりこいつは……バカすぎて犯罪の自覚がないだけのやつだ! おそらくアイリーンという女と結婚の約束をしたのは本当のことだろう。しかし、こいつはバカだからそれを完全に忘れてしまっている。そして結果的に「結婚詐欺犯罪」が成立しちまった……間違いない!


「刑事さん、あいつ盗みでも指名手配されてるって話だったよな? 古文書以外にどんなの盗んだんだ?」

「家畜、ですね」

「家畜? なんでそんなのを?」

「はあ、それはこれから本人に聞かなければわからないことですが、被害者の牧場主の証言によると、牧場に放していた子牛をやつに勝手に食べられてしまったそうです」

「……なるほど」


 おそらく腹が減ってさまよってたところに、たまたまその子牛が目に留まったんだろうなあ。


「おい、お前、子牛をさばいて食べたことはあるか?」


 一応、ヒューヴにも聞いてみた。


「ああ、ちょっと前に、ちょうど野生の子牛がいたから、丸焼きにして食べたなあ。うまかったなあ、あれは」

「野生……?」


 こいつ、それが人のモンだってわかってねえのかよ。野生の子牛なんてそうそういるわけねえだろうがよ。


「じゃあ、お前、あのおっパブの代金はいつ払うつもりだったんだよ?」

「え、おっパブの代金って何?」

「え」

「オレ、あの店にはちゃんと金を払った気がするんだよなあ」

「払ってねえ!」


 バカ特有のあやしい記憶力で、自分の都合のいいように記憶を改ざんしやがって。犯罪の自覚ゼロだし、なんつうミラクルバカだよ。

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