306

 すでに所属や身元は聞いていたので、キャゼリーヌからマリエルへの連絡はすぐについた。相変わらず便利すぎる謎システムだ。マリエルもすぐに店にやってきた。


「ちょっと! こんな時間にこんなところに私を呼び出して、いったい何様のつもりなの!」


 と、かなり不機嫌な様子だったが。見ると、その服装はいかにもパジャマという感じで、髪もぼさぼさだった。家で寝ていたようだ。もうそんな時間か。


「いや、お前に俺の知り合いのツケを払ってもらおうと思ってな」

「はあ? なんで私が?」

「お前、俺に借金あるだろ」

「うう……」


 とたんに言葉につまるマリエルだった。ふふ、やはり自然界の弱肉強食のオキテは絶対だぜ。


「まあ、このツケに関しちゃ、回復薬ポーションの代金とは別に支払ってもらうからな」

「ちょ、何それ! 意味が分かんないんだけど!」

「口止め料だよ。お前、大学に例の活動がバレるとクビなんだろ?」


 俺はニタリと笑って言った。


「そ、そりゃ確かに知られるのはまずいことだけど……」

「だったら五十八万ゴンスぽっち、払うのは簡単だよなァ? 准教授の仕事を失うことに比べればなァ?」

「うう……」


 またしても返答に窮するマリエルだった。ふふ、やはりこいつは俺の財布に間違いなさそうだ。ベルガドにいる間は有効に活用させてもらうぜ。


「さあ、これが明細だ。きっちり払えよ」

「わ、わかったわよ。ただ、今は急に呼び出されたからそんな大金持ってなくて」

「ああ、だったら近いうちにお前が払いに来るって、俺から支配人に話しておくから」

「ご、ご親切にどうも……」


 マリエルは俺を恨めしそうににらみながら言った。俺の周りの女たちも、つられたように「勇者様、待ってあげるなんてやさしー」と、俺を褒めたたえた。


 だが、その言葉を聞いたマリエルは、


「勇者様? もしかしてこいつのことを言ってるの?」


 と、びっくり仰天したようだった。しまった、こいつには黙っていたことだったか。


 だが、すでに時遅しお寿司。


「そうよ。この人、伝説の勇者アルドレイ様なんだって」

「すごいでしょ。そんな人がこの店に来てくれるなんて」


 女の店員たちは無邪気に俺の正体をマリエルにバラすのだった。ちょっと待てい!


 そして、当然それを聞いたマリエルは、


「こんなやつがあの伝説の勇者様ですって? そんなわけないでしょう! こいつは希少な野生動物を虐殺して回った、とんでもない乱暴者なのよ!」


 と、まあ予想通りの反応だ。うぜえ。めんどくせえ。


「うっせーな。お前がなんと言おうと、俺はその勇者様に違いないんだよ。ガタガタ文句言うな」

「何言ってるの! あなたなんて、どうせ勇者様の名前をかたる、ニセモノでしょう!」


 と、店中に響き渡るような大声で言うマリエルだった。


 そして、その自信たっぷりの物言いのせいで、


「え、この人、勇者様のニセモノなの?」

「そう言われてみるとなんとなく……」

「伝説の勇者様らしい、品性とか知性とかが感じられないかも……」


 店員の女たちが動揺しはじめた。まずい。ここで俺がニセモノのレッテルを貼られると、この店で遊んだぶんの代金が勇者特権でタダにならなくなるじゃないか! それは非常にまずい! 俺、めっちゃ豪遊しちゃったし!


「い、いや、そこの踊り子さんは、俺が勇者アルドレイだってちゃんと知ってたから!」


 俺はあわてて、俺を最初に勇者だと見抜いた踊り子の店員を指さした――が、どういうわけか、その女は今はそこにいなかった。さっきまでそこにいたはずなのに。


「あ、その子なら、さっき家から連絡あってえ、子供が急に熱出したみたいで帰ったわよ」


 なんですと! 俺を勇者様だと証言できる人物が家に帰っちゃってるう!


「い、いや、俺間違いなくあの勇者様だから、そこは信じてあげようよ?」

「ほんとぉ?」


 店員の女たちは半信半疑という顔だ。さっきまであんなに楽しく乳繰り合った仲なのに、どうして俺の言葉を全力で信じてくれないんだ、君たちぃ!


 だが、そのとき、


「彼の言葉に間違いはありませんぞ、諸君!」


 と、叫びながら俺たちのところに一人のジジイが歩いてきた。どこかで見たような顔だが……?


「あなたはいったい?」


 と、マリエルが尋ねると、


「私は、先日勇者様にご宿泊していただいたホテルの支配人、ロッツォでございます」


 なんと、俺にスイートルームを無理やり押し付けたあのジジイらしい。


「私は、先ほどのお大尽チャージの時からずっと彼の様子を見守っておりましたが、彼は間違いなく、私たちがお部屋にお泊めした伝説の勇者様ご本人でございます!」

「おおおっ!」


 と、ロッツォの大音声の宣言に、他の客たちが歓声を上げた。よし、これで俺のニセモノ疑惑は晴れた! ありがとう、ジジイ!


 と、思ったわけだったが、


「いやでも、あなたのホテルに泊まる前から、こいつが勇者様のニセモノとしてふるまっていた可能性もあるでしょう?」


 マリエルはまだ納得してない様子だった。ぐぬぬ。あー言えば、こう言う。どっかのクラス委員長様か、お前は。


「ふうむ? 確かに私は、そうではないと言い切れる立場ではありませんね?」


 ロッツォもなんかマリエルの言葉に同調し始めてるし。まずい。またしてもニセモノ疑惑再燃だ。


 だが、そこで、


「いえ、彼は間違いなく伝説の勇者様です!」


 また一人の男が俺たちのところにやってきた。やはり見覚えのある顔だった。


「あ、あなたは!」


 マリエルはその男を見てぎょっとした。そう、俺たちの前に突然現れたのは、ベルガド大学で考古学者をやっている中年男だった。


「私は実は、今日の昼間、彼と会ったのですが、そのとき私はちょうど、この手配書の男に襲われているところでした。そして、彼はそんな私を助けてくれたのです。この手配書の男は相当な手練れだったにも関わらず、それに打ち負けることなく、すばらしい身体能力を発揮して。あの軽やかな身のこなし、彼こそは間違いなく伝説の勇者様だと言えるでしょう!」

「おおおっ!」


 と、またしても客たちは歓声を上げた。店員の女たちも同様だった。マリエルだけはポカンとしていたが。


「ちょ、待て。俺が本物だって証言してくれるのはありがたいんだが、お前らなんでこんなところにいるんだ?」

「そりゃあもちろん、いい店だからですよ!」


 と、異口同音に答えるロッツォと学者先生だった。ああ、うん……確かにいい店だよね。


「いや、このじいさんはともかく、学者先生、あんたはおかしいだろ。酒で記憶が飛んだとかで、昼間はこの店の場所を思い出せてなかったのに、なんでまたここに来てるんだよ?」

「はっは。頭では思い出せなくても、この手が、この指が店の場所を覚えていたのですよ!」


 学者の男は指をクネクネ動かしながら意味不明なことを言う。お前は雪国の主人公か。純文学か。


「ま、まあいい。あんたのおかげで俺はこの店を知ることができたんだ。細かいことは忘れよう」

「そうですね。今夜は思いっきり楽しみましょう!」

「伝説の勇者様にバンザイですぞ!」


 と、二人の男は満面の笑顔で言うのだった。

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