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 やがて日は完全に落ち、俺たちはいよいよ「ももいろネクタル」に行くことになった。


 店に行くのは俺、ヤギ、キャゼリーヌの三人だった。ザックはさすがに見た目がお子様すぎて入店拒否されるだろうし、ユリィみたいなピュアピュアな世間知らずをそんないかがわしい店に連れて行くわけにはいかないからな。宿ではそれぞれ別の部屋で待機してもらうから、俺たちがいない間に二人きりで変な空気になることもないだろうし。


 おっパブ店「ももいろネクタル」は、クルードの歓楽街のど真ん中にあった。場所は聞いていたが、向かう途中ももネクの客引きをしている男を見つけたので、店まではそいつに案内してもらう形ですんなり到着することができた。


 店の外観はいかにもおっパブらしい、派手で猥雑な感じだった。客引きの男に案内されるまま入り口から中に入ると、いきなり何人もの若い女が俺たちのところに集まってきて、


「いらっしゃいませぇ~」


 と、笑顔で挨拶してきた。それもみな、前かがみになって! 前かがみになって!


「お、おおう……」


 俺はとたんにその光景に目を奪われずにはいられなかった。だって、どの女もサンバの衣装のような、すごーく布地の面積が少ないマイクロビキニを着ているんだもの。そんな格好で前かがみになってたら、当然おっぱいの谷間がめちゃくちゃ強調されてしまうじゃない。みんな、つやつやぷるぷるの、たわわでいいおっぱいしてるじゃない! これはもう見るしかないじゃない! おっふ。


「三名様ですね、奥の席にどうぞー」


 と、乳の谷間に目を奪われている間に、いつのまにか席に案内された俺たちだった。やべえ、この店。魅惑の乳が多すぎる……。


「トモキ、俺たちは昨夜の話を聞きに来たのだぞ。それを忘れるな」


 と、ヤギがそんな俺にくぎを刺すように言った。ハッ、そうだった! 俺たちは別におっぱいを楽しみに来たわけじゃなかった!


「わ、わかってるぜ! あくまで俺たちの目的は情報収集! 酒もおっぱいも飲むわけないんだぜ!」

「……まあ、お前は特に酒は飲まないほうがいいだろうな」

「う」


 ヤギの琥珀色の瞳に鋭くにらまれて、返す言葉もない俺だった。なんせ俺には、泥酔してハリセン仮面として暴れまわった忌まわしい過去があるからなあ。おかげでひどいめにあった。


「ただ、客が三人いて誰も酒を飲まないというのも不自然で怪しまれるだろう。私だけは酒を飲むふりをすることにしよう」


 と、キャゼリーヌが言った。


「飲むふりってなんだよ?」

「私は、口から投入した液体をある程度は内部に貯蔵できる構造になっているのだ。水でも、油でも、酒でも、水銀でもな」

「ふーん。ようするに胃にあたる部分が貯水タンクになってるってわけか」


 星新一先生の「ボッコちゃん」みたいな。


「じゃあ、酒の処理は頼むぜ。ある程度は酒を頼んで金を使ったほうが、話も聞きやすいだろうしな」


 と、俺が言ったところで、俺たちのところに店員の女が二人やってきた。いずれもやはり刺激的なマイクロビキニを着ていたが、一人はいかにも新人という雰囲気で、もう一人は接客に慣れたプロという雰囲気だった。新人のほうはいわゆるヘルプってやつか。


 まあ、新人のほうが乳が大きくて雰囲気も素朴で俺好みだったんだが……。


「お客さーん、もしかしてこの店、はじめて?」


 と、プロ店員は俺とヤギの間に尻をねじ込んで座りながら言った。キャゼリーヌのほうはまったく見てない様子だ。まあ、こういう店だしな。新人の女は俺たちから少し離れたところに座った。


「この店っていうか、この手の店は初めてだよ。だから、システムとかよくわからん。どういう感じで注文すればいいんだ?」

「そうね。初めての人は、まず飲み放題三十分五千ゴンスのコースを頼むことが多いわね」

「三十分五千ゴンスか。安いのか高いのかわからんが、とりあえずそれで」

「はーい。三名様三十分五千ゴンス、飲み放題入りまーす!」


 と、プロの女は高らかに叫びながら、俺の二の腕に乳を押し付けてくるのだった。おおう! いい感触だ! しかしやはり新人の女の乳のほうがでかくて気になる……。


 やがて酒が俺たちのテーブルに運ばれてきた。ワインとかエールとか果実酒とかだ。飲み放題コースだし、これの中から好きなやつを飲んでいいってことだろうか? まあ、俺は飲まないけどさ。酒はキャゼリーヌに任せて、俺とヤギは水だけをちびちび飲んだ。


 と、そこで、酒の瓶の間にナッツが入った皿が置いてあるのに気づいた。こんなのは頼んでないが、サービスだろうか。せっかくだしいただこう……と、手を伸ばしたとたん、


「あー、これはだめぇ。私のぶんだからあ」


 と、プロの女に止められてしまった。


「あんたのぶん? 店員のあんたが頼んだのか?」

「そうよぉ。お客さんと一緒に飲むんだからあ、おつまみぐらい欲しくなるじゃない」


 プロの女はナッツをつまんでポリポリ食べ始めた。


「まあでも、お客さんにもおすそ分けしてあげないこともないけどぉ?」


 と、プロの女はそこで新人の女と何やらアイコンタクトを取った。直後、新人の女がナッツを一粒口にくわえて、俺たちの近くにやってきた。


 そして、それをヤギの口に押し込んだ! 口移しで! マウストゥーマウスの要領で!


「ど、どうですか? おいしいですか?」


 新人の女は顔を赤らめながら、たどたどしい口調でヤギに尋ねた。


「そうだな、なかなかうまいな」


 ヤギは顎を臼のように動かしてナッツをかみ砕きながら言う。さすがヤギ、乳のでかい若い女にほぼキスされたというのに、実に冷静そのもののだ。


 まあ、俺はそれを見ていら立ちしか感じなかったわけだが。なんで、よりによってヤギのほうにそういうサービスするんだよ。俺が最初に質問したことでしょ、それ!


「ねえ、俺は? 俺へのおすそ分けは?」

「えー、これ以上おすそ分けしたら、私が食べるぶんなくなっちゃう」

「い、いや! そこにナッツいっぱいあるでしょ! ナッツの粒の数だけ、今みたいなサービスできるでしょう! やろうよ!」

「じゃあ、お客さんが新しくナッツ注文してくれたらできるかも」

「本当? 頼む頼む! ナッツ一皿いくらだい!」

「ナッツは、えーっと、一皿三万ゴンス?」

「えっ」

「じゃあ、注文するねー」

「ちょ、ま……高い高い! ナッツ高い!」


 と、俺が止めるのにもかかわらず、プロの女は聞こえないふりして、ナッツをボーイに注文しやがるのだった。

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