293
「あれ? お前、なんでオレの名前知ってるんだ?」
ヒューヴはしかし、俺のことが誰だかよくわかってないようだった。まあ、十五年前とは姿が違うしな。
「ああ、俺だよ! お前と昔パーティー組んでたアルドレイだよ!」
「え、アル? 伝説の勇者になった直後に姫にふられて自殺したあのアル?」
「そうだよ! いや、後半は違うけど、そうだよ!」
「うっそだー」
ヒューヴはけらけら笑った。
「え、勇者アルドレイ? 自殺? いったい何の話……?」
と、近くで考古学者のおっさんが愕然としているようだ。「あとで事情は話すから、おっさんは黙ってて!」と、とりあえず適当に言っておいた。
「だいたい、なんで死んだ人間がここにいるんだよ。おかしいじゃないか」
と、ヒューヴは言う。確かにもっともな質問だ。
「それはもちろん、生まれ変わりってやつだよ」
「え、何それ?」
「えっ」
「キモッ、マジ意味わかんねえし」
ヒューヴは何やら軽蔑の目で俺を見つめた。くそう、こいつ俺の話を信じやがらねえ。昔からこうだったけどさ。話がなかなか通じないところがあるというか……まあようするに頭の回転が鈍くて察しが悪い、ただのバカなんだが。
「生まれ変わりってのは実際あるんだよ! 俺を信じろよ!」
「なんで?」
「え」
「オレ、お前のこと何も知らねえし。つか、いきなり攻撃してきたし、どう考えてもお前らオレの敵だし?」
「い、いや! それはお前が古文書を持ち逃げしようとしてたからであって……」
「いいじゃん。そんなのオレの自由じゃん。お前には関係ないじゃん?」
「あ、はい」
言われてみれば確かに……じゃ、ねえ! バカのペースに流されそうになってどうする俺!
「だ、だから! 俺はお前の昔の仲間のアルドレイって言ってるだろ?」
「うそだ! オレの知ってるアルは、オレを後ろから攻撃したりしなかった! お前はニセモノだッ!」
ヒューヴはあっかんべーしてきた。こいつ、見た目よりははるかに歳食ってるはずだが、精神年齢は十歳児相当くらいなんだよな。容姿といい、十五年前から何も成長してない……。
「わかった。背後から攻撃したのは謝ろう。そんなのは何かの手違いって言うか、うっかりミスだよ。誰だって間違いはあるだろう? ヒューヴ、ここは間違いを許せるやさしい大人になろう?」
「ん……そうだな? オレは大人だからなー」
「許した?」
「ああ、許した許した。そもそも、あんなへなちょこ攻撃、オレに当たるわけないしな」
と、笑い、一瞬で機嫌を直したようなヒューヴだった。扱いにくいのか扱いやすいのかさっぱりわからん実質十歳児だ。
「そうか。じゃあヒューヴ、話を前に進めよう。俺がお前のかつての仲間だったって話を、どうしてお前は信じてくれないんだい?」
「え、だって、生まれ変わりとかあるわけないじゃん。キモいし」
「いやいや、キモくもないし、生まれ変わりってのは実際あるもんだよ?」
「ねーよ」
「あるってば!」
「ねーから」
「ぐぬぬ……」
何この石頭のバカ! どうして俺の話を信じてくれないのさ、バカバカバカ!
「トモキ様、ここは昔の話をしてはどうでしょう?」
と、ユリィが俺に耳打ちしてきた。そうか、ティリセと会った時も昔の話をしたらすぐに信じてくれたっけ。
「じゃあ、ヒューヴ、お前から俺に何か質問してみてくれよ。アルドレイ本人にしか答えられないようなことをさ?」
「えー、十五年前のことってあんま覚えてない――」
「いいから、何か聞きなさいよ!」
「じゃあ、アルはなんで、二十五にもなってずっと童貞のままだったんだ?」
「う」
「オレ、超不思議だったんだよね。女なんてそのへんにいっぱいいるのにさ。ティリセはさ、アルは童貞をずっと守り続けて違う生き物になろうとしてるのよって言ってたんだけど、そうなん? アルってば、本当は勇者じゃない違う何かを目指してたん?」
「ち、ちが! その話は今はするんじゃない、忘れろ!」
「えー、何か聞けって言うから、聞いたのに」
「うるさい!」
俺は顔が熱くなるのを感じながら叫んだ。近くで考古学者のおっさんとザックが「童貞……」と異口同音につぶやくのが聞こえた。やめて、俺の恥ずかしい過去話、聞かないで! あのクソエルフもどさくさにこのバカに何言ってんだ、死ね!
「なんだよぉー、お前、オレの質問にちゃんと答えられないじゃないかよ。やっぱりニセモノじゃねえかよ」
ヒューヴは不機嫌そうに口をとがらせた。
「いや、もっと普通の質問ならいくらでも答えられ――」
「うっせー、バーカ! もうお前なんかの言うこと信じるもんか! オレもう行くもんね!」
と、ヒューヴは駄々っ子のように叫ぶと、古文書の本を持ったまま窓の外に飛び出していく。
「いや、だから待てって行ってるだろ!」
話を信じてもらえない以上、もはやためらう理由はなかった。俺はとっさに近くに転がっていた花瓶をその背中に投げつけた。食らえ、伝説の勇者のミラクルスロー!
だが、狙いは正確だったにもかかわらず、ヒューヴはやはりキャゼリーヌの時と同様、それをひょいとかわすのだった。しかも、やはりキャゼリーヌの時と同様に射撃でこっちに反撃してきやがった!
「うわ!」
反撃は二発だった。一発目はよりによって俺じゃなくてユリィに向けてだった。俺はとっさに手を出し、ユリィの体に命中する寸前でそれを空中キャッチした。
また、二発目は俺に向けて飛んできた。一発目をぎりぎりキャッチしたところで、それが飛んできたのは、よりによって俺の股間のほうだった。わざわざここを狙って撃ってきやがったらしかった!
「うわあっ!」
いかに俺が伝説の勇者様とはいえ、ここに攻撃が当たるとしゃれにならない! ここだけは鍛えてないから! 痛みにすごく弱いところだから! とっさに数センチ垂直ジャンプし、二発目の射撃攻撃を股ではさんでキャッチした。ふうう。危ない危ない。
だが、そうやって一息ついたときには、すでにヒューヴは空の向こうに去って行った後だった。割れた窓から外を見てみたが、もうどこにもその姿はない。なんという逃げ足の早さ。
いや、逃げ足だけじゃない。今の射撃の早さと正確さもずば抜けていると言っていいだろう。そして、何よりその狙いも……。
と、そこで、
「トモキどの、すまないが、私を体に戻してくれないか」
足元から声が聞こえた。見ると、キャゼリーヌが首だけになって床に転がっていた。
「お前、今ので首とボディが分離したのか」
「ああ、よりにもよって、私の最も脆弱な部分、首とボディが接合している箇所に一撃もらってしまったのでな」
「だろうなあ。そういう弱点を狙うのは、あいつの得意技だしな」
「? まさかあの有翼人の男は、あえてここを狙ったというのか?」
「そうだ。あいつの目は一瞬で、相手の一番攻撃されたくない弱い部分がわかるんだ」
確か、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます