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「う、うわあっ! 首が! 首だけになった人がいるうぅ!」


 と、直後、何も知らない考古学者の男は、首とボディが分離したキャゼリーヌを見て悲鳴を上げた。なお、すでにマリエルはどこかに行ったようでその気配はなかった。まあ、もう用はないし別にいいか。


「落ち着け、おっさん。こいつは魔導サイボーグってやつだよ。体のほとんどはカラクリなんだ。首だって外れる時もあるだろ」

「え、カラクリ? そうなのか……」


 男はおそるおそるという感じでキャゼリーヌの首の断面を見て、ややあって俺の言葉が確かだと気づいてほっとしたようだった。まあ、血の一滴も出てないしな。


「しかし、彼女のことはともかく、君が伝説の勇者アルドレイというのは……」

「そ、それはそのう、聞かなかったことに」

「え、でも、さっき話してたじゃないか? 君はあのアルドレイで、童貞をこじらせて違う生き物になろうとしている最中に失恋して死んだんだろう?」

「いいから、すべてを忘れろ!」


 俺は近くに転がっていたリンゴをつかみ、それを片手で握りつぶしながら男にすごんだ。ちょっと人の話を聞いた程度で、俺の適当なストーリー作ってんじゃねえ!


「わ、わかった。君の正体や過去は詮索しないことにするよ……」


 男は真っ青な顔でうなずいた。さすが学者先生、ものわかりがいい。なお、砕けたリンゴは近くのヤギさんが美味しくいただきました。


「それはそうと、今さっき持っていかれた古文書が伝説のジーグとやらに関係してるのは本当か?」


 手についたリンゴの果汁をハンカチで拭きながら俺は考古学者の男に尋ねた。


「ああ。ついさっきここに届いたものでね。ジーグ本人が書いた日記さ」

「日記!」


 俺はその答えにはっとした。ジーグとやらは確か、三百年前にベルガドの祝福を受けたという人物だったはず。ということはだな……。


「おっさん、その日記には書いてあるんだな?」

「ああ!」

「ベルガドの祝福のことが!」

「ジーグの遺した財宝のありかが!」


 あ、あれ? なぜか答えがそろわない俺たち……。


「おっさん、あんた一応学者だろ? だったら、財宝なんかのことよりも、ベルガドの祝福とやらのほうが大事なんじゃないか? そっちのほうがあんたの専門に近いだろ?」

「いやいや。三百年前にジーグが集めた財宝には計り知れない考古学的価値があるはずだよ。私は純粋にそれを求めているだけなんだよ?」

「そうかあ?」


 見ると、男の目は欲望でギラギラ光っていて、考古学的価値なんか追い求めているようにはとても見えなかった。ただ金が欲しいだけだろ、こいつ。


「……まあ、あんたがどういう目的であの古文書を手に入れたかはどうでもいい。俺も過去のことは聞くなって言ったし、あんたのそのへんのことは気にしないことにする。ただ、俺には、おそらくあの古文書に書かれていたであろう、ベルガドの祝福に関する情報が必要なんだ。あんた、そのへんのこと何か知ってないか?」

「え、ベルガドの祝福のこと? さあ?」

「何も知らねえのかよ!」


 学者のくせに使えねえなあ! わざわざ大学まで来たっていうのに!


「いや、何も知らないってことはないよ? 昔からさまざまな文献に登場するものだし、世間一般で言われている、いわゆるおとぎ話的な、空想上の存在ではなく、確かにそう呼ばれているものは実在していたと言えるだろう。少なくとも今から三百年前まではね」

「三百年前か」


 つまり、そこからベルガドの祝福とやらの記録が途絶えたってわけか。やはり、ジーグとやらがベルガドの祝福を受けた最後の一人には違いなさそうだな。


「じゃあその、昔の文献にはどういう感じでベルガドの祝福とやらの記録が残っているのか、教えてくれよ」

「さあ、それがどうもあいまいでねえ。祝福を与えられたという人物は、みんなあまりそのへんのことを話したがらないみたいなんだよ」

「なんだよ、それ」


 誰か一人ぐらい詳しく話してもいいじゃんよ。


「まあ、もしかしたらジーグの日記にはベルガドの祝福についても詳しく書かれていたのかもしれないけれど、解読する前に持っていかれちゃったしねえ。はあ……」


 男は未練たらたらの表情で割れた窓の外を見つめた。まあ、明らかにベルガドの祝福の情報に対する未練じゃなくて、財宝へのそれだろうが。


「おっさん、そもそもなんであんなバカの有翼人の男が、あんなの奪いに来たんだよ? なんか心当たりあるか?」

「心当たり? いや、突然そんなこと言われても……うっ!」


 男はそこで苦痛に顔を歪ませ、その場に膝をついた。


「おい、大丈夫か? あいつにどっかやられたのかよ?」

「いや、心配ない。これはただの二日酔いで頭が痛いだけだから」


 男はふらふらと立ち上がった――と、そこで、


「お……思い……出した!」


 と、叫んだ。

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