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「ふーん。じゃあ、お前ら、ベルガドの祝福について何か知らないか?」

「ベルガドの祝福? そんなのおとぎ話みたいなもんでしょ?」


 俺の質問に、マリエルは不思議そうに首をかしげた。他の連中も同様だった。この様子じゃ、特に何か知ってる感じじゃなさそうだ。


 よし、じゃあ質問を変えるか。


「なら、三百年前にこのベルガドでトレジャーハンターをやってたっていう、伝説のジーグのことはどうだ?」


 そうそう。確かこいつは昔、ベルガドの祝福とやらを受けたそうだからな。こいつの情報を集めておくことも大事かもしれん。


 だが、マリエルは、


「伝説のジーグ? ああ、もしかしてあなたもジーグの財宝を信じてるクチ?」


 なにやら、俺を鼻で笑うのだった。


「ジーグの財宝? なんだそりゃ?」

「え、知らないの? 伝説のジーグがトレジャーハンター稼業で集めた財宝を、このベルガドのどこかに隠してるんじゃないかって話」

「へえ。夢のある話だな」


 俺の呪いとはまったく関係ないし、クソほどどうでもいいが。


「あら? あなた、ジーグのことを口にしておいて、財宝のことは全く知らなかったの?」

「まあな」


 そのジーグ氏のことを知ったのは、つい昨日だしな。


「やだ、なんでそんなことも知らないのよ。おっかしー。あなた、すごく金に汚い性格してるくせに」

「うっせーな!」


 金に汚いんじゃなくて、悪のカルト教団のお前たちにお仕置きするためにあえて重課金しただけなんですけど! か、勘違いしないでくれる!


「だいたいそんなのは、伝説についた尾ひれみたいなもんだろ。ジーグとやらが遺した財宝なんて、もう誰かに見つかってるか、最初からどこにもないかのどっちかだろ」

「そうよね。私もずっと前からそう思ってるんだけど、うちの教授たちはそうでもないみたいで。ほんと、バカみたいよね」

「教授たち? なんだその言い方? お前もしかして大学関係者なのか?」

「あ……」


 マリエルは、とたんにあわてたように口を手でふさいだ。いかにも口がすべったという反応だ。


「ふーん? お前、大学関係者なのかあ? でも、どう見ても学生って歳じゃねえよなあ? もっと上だよなあ?」

「い、いいでしょ、私のプライベートのことは!」

「よくねえよ。俺はちょうど大学に用があったんだよ」

「え? あなたみたいな野蛮な人がなんで大学なんかに?」

「野蛮とはなんだよ!」


 さっきからこの女、余計な一言多すぎだろ。口、軽すぎか。


「俺のことはどうでもいいんだよ! それよりお前は何者なんだよ。今の口ぶりだと、明らかに大学関係者だろ。それも、たぶん事務とかじゃねえ。学生でもない。うちの教授たちって言い方からして、おそらくお前も似たような立場だろう。ってことは、考えられるのは――」

「そ、そうよ! 私はベルガド大学水棲生物学科の准教授やってるわよ!」


 と、観念したのか、ついに身元を白状するマリエルだった。


「へえ、お前、大学の准教授だったのかあ」


 俺はにやりと笑った。


「俺は実は大学の考古学者に用があるんだが、お前、考古学の教授とコネあったりする?」

「ま、まあ、同じ大学だし、顔と名前ぐらいは知ってるわね……」


 マリエルは俺から目をそらしながら、小声で答えた。


「そうか。じゃあ、俺たちを今からその学者のところまで連れてけ」

「え、今から?」

「当たり前だろ。これ以上待ってられるかってんだ」


 俺はなかば脅すような強い口調でマリエルに命令した。


「わ、わかったわよう……ちょっと待って」


 と、マリエルはしぶしぶという感じで立ち上がり、着ていた青いローブをその場で脱いだ。とたんにその素肌があらわになる……わけでもなかった。青いローブの下には地味な作業着みたいなのを着ていたからだ。おそらくこれがこいつの准教授としての普段着なんだろう。


 俺たちはそのまま外に出て、大学のほうに戻った。


「言っておくけど、大学関係者には私があんな活動していたことは話さないでもらえるかしら」


 と、歩きながら、俺に頼んでくるマリエルだった。


「そうか。あんなことやってるってバレたらお前、間違いなく大学クビになるもんな」

「あ、あんなことって何よ! クビにはならないわよ! ただその、大学の規則で副業は禁止だから……」


 ごにょごにょ。いかにもバツが悪そうに早口で言うマリエルだった。俺は笑った。


「まあ、お前たちが俺たちにきっちり百万払ってくれるんなら、今日のことは口外せず忘れてやってもかまわん」

「本当?」

「もちろん」


 ふふ、相変わらず俺ってばやさしいな。たった百万ですべてを水に流したうえ、秘密も守ってあげるとはなー。


 やがて、俺たちは大学の門のところに着いた。そこで一人で立っていたキャゼリーヌにこれまでのいきさつを説明し、俺たちは一緒に門から大学の敷地に入った。今度はマリエルと一緒のせいか、警備員のおっさんに追い払われることはなかった。この女、顔パスか。准教授というのは本当の話のようだ。


 俺たちはそのまま大学内に入り、やがて考古学科の研究室とやらの前まで来た。


「あ、あのう、教授……ちょっといいですか?」


 と、マリエルが恐る恐るという感じでドアをノックすると、ややあって中から中年の男が出てきた。


 だが、


「君か。何の用だか知らないが、今は忙しいんだ。ちょうどついさっき大ザンビエル・オークションで落札した古文書が届いてね。その解読作業中なんだ。悪いが、また後にしてくれ」


 と、一方的に言うと、男はすぐに部屋の中に引っ込んでしまった。


「ここまで来て『また後にしてくれ』だとう?」


 男の塩対応に、俺は瞬間カチンと来た。


「古文書なんか知るか! いいから俺の歌を、じゃなかった、俺の話を聞けえっ!」


 俺はそのまま扉を高速ノックし続けた。いいから出てこい、ゴルァ!


 と、その直後――扉の向こうから窓ガラスが割れるような音が聞こえてきた。


 さらに、


「うわああっ! なんだ、お前は!」


 さっきの男の叫び声も。いったい何事だろう。ただごとじゃなさそうだ。


 俺はすぐに目の前の扉を蹴破り、中に飛び込んだ。

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