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「お、お願い。もうこれぐらいで許して……」


 やがて何十回目かの復唱のあと、マリエルは再び俺に嘆願してきた。他の連中も涙目で俺を見ている。


「そうだな。さすがにもういいか」


 このままずっとこいつらに自分は底辺だって言わせ続けるのもな。自己啓発セミナーの逆バージョンかよ。


「じゃあ、あなたたちはこのままお引き取りを――」

「いや、その前にこれだ」


 俺は近くに転がっていた回復薬ポーションの空き瓶を拾った。


「お前らに自然界の弱肉強食の厳しさを教えるために、俺はあえて、そう、気が進まないながらもあえてお前たちをボコボコにしたわけだが、そのまま放置ってのもかわいそうだからなあ。やさしい俺は、殴りながらこれでお前たちを回復してやったわけだ」

「そ、そうね……。お気遣い感謝するわ」

「だからまあ、これにかかった代金ぐらいは払ってもらうぞ」

「まあ、それぐらいなら。いくらになるのかしら?」

「一本あたり五せ、いや、五万ゴンスだ」

「ええっ!」


 マリエルはびっくり仰天したようだった。


「ちょ、ちょっと! 回復薬ポーションの代金が五万ゴンスだなんて、いくらなんでも高すぎるわ! というか、あなた今、一瞬、五千って言いそうになったでしょ! 急に値段を十倍に釣り上げたでしょう!」

「うっせーな。俺が一本五万って言ったら、五万なんだよ! ガタガタ文句言うと、さらに値段が上がっちまうぞ!」


 俺は高圧的にその場で足踏みしながら、マリエルたちに怒鳴りつけた。ちょうど下らないことで百万スっていらいらしてたところだし、こいつらから少しでも金を回収しておこう。


「でも、ここにいくつ回復薬ポーションの空き瓶が転がってると思って……」


 と、マリエルは青い顔で周りを見回し、「に、ニ十本以上あるかも……」と、鬱々とつぶやいた。


「そうだな。いちいち数えるのもめんどくせーし、代金は全部でニ十本分、百万ゴンスでいいぜ」


 うふふ。俺ってばマジやさしーな。こいつらの狼藉を、たったの百万で全部水に流してあげるって言うんだからよォ。


「え、急に百万ゴンス払えって言われても、そんなに手持ちが……」

「アァン? てめーら、俺たちの回復薬ポーションを浴びるように使っておきながら、その金を払えねえとは、どういう了見だよ! フッザケンナヨッ! 金がねーなら、家族でも腎臓でも角膜でも売って、金作ってこいや!」

「ええぇ……」


 マリエルは体を震わせさらにちぢこまってしまった。さすがに脅しすぎたか。ちっ、これだから女は!


「お前ら、そもそも活動資金はどうやって手に入れてるんだよ?」

「それはもちろん、私たちの活動を理解してくれた人たちからの善意の寄付でまかなってるわ」

「寄付? それだけでこんな建物使えるのかあ?」

「あ、あと。グッズの販売も少し……」


 ごにょごにょ。俺から目をそらしながら気まずそうに小声で言うマリエルだった。おそらくそっちがメインの収入源なんだろう。こんなふざけた連中への寄付なんて、そうそう集まるわけないしな。


「ふーん。どんなグッズ売ってんだよ?」

「ベルガドイルカ様を描いた絵ね」

「イルカの絵?」

「まあ、正確にはそのリトグラフなんだけど。限定百部とかそういうプレミアムなものをね」

「つまりそれを、若い女の客引き使って、その辺を歩いている男を薄暗い展示会場に連れ込んで、そこで売るわけか?」

「そうそう! よく知ってるわねー」

「……いや、知ってるも何も」


 それなんてエウリアン商法? ラッセン先生はこの世界にいないっていうのにさあ! 似たような悪徳商法やってんじゃねえよ。


「まあ、そんなアコギなやり方で商売してるなら、当然金はたんまり持ってるよなあ? とっとと百万ゴンス払えや」

「そ、それがその、最近は当局の監視がきびし……いや、ライバル会社との競争が激しくて、なかなかリトグラフが売れなくて」

「まあ、こんな人口の少ない小国じゃ、同じ悪徳商法はそう続かないか」


 何気に当局にも監視されてんじゃねえよ。俺へ払う分の金ぐらいは用意しとけよ。


「なら、お前ら適当にバイトでもして百万用意しろや。少しぐらいなら支払いを待ってやってもいいぞ」

「本当?」

「本当、本当。俺ってば超やさしーから」

「ありがとう!」


 マリエルは涙を浮かべたままのきらきらした瞳で俺に礼を言った。ふふ、最初に厳しいことを言った後、ちょっと甘いことを言ったらすぐこれだ。これぞまさに「アメと鞭」。人心掌握の基本テクニックだぜ。


「じゃあ、話はまとまったし、あなたたちはこのへんでお引き取りしていただけないかしら?」

「そうだな。金は後で取りに来るしな」


 俺たちは空き瓶を回収しながらマリエルにうなずいた。


 だが、そこでふと、この組織の「ベルガドの自然を愛する会」という名前が気になった。


「なあ、お前らもしかして、このベルガドで生まれ育ったような地元民ばっかりだったりする?」

「そうね。私も含めて、ベルガドっ子は多いわね」


 マリエルはちょっと誇らしげに答えた。なるほど、ここはベルガド地元民だらけなのか。じゃあ、一応聞いておく価値はあるかな? 一応……。

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