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「な、なんということだ! あのマリエル様がやられてしまうとは!」

「しかも指先だけで!」

「おいおい瞬殺かよ!」


 女以外の青ローブの連中はとたんに激しくうろたえはじめた。マリエルっていうのは、今俺がデコピンした女の名前か。


「貴様、卑怯だぞ! マリエル様が詠唱しているスキをつくとは!」

「魔法使いの詠唱中を狙うなんて、マナー違反よ!」


 どさくさに、なんか変な抗議まで飛んできた。なんだその言い草。ゴールドライタンとかアニメの主人公が変身している間、敵はじっと見守ってなければならない的なルールでもあるのかよ。(※ゴールドライタンの変身バンクは毎回一分弱あります)


「は! 卑怯なのはお前たちのほうだろ! こんな貼り紙で俺たちをおびき寄せておきながらよく言ったもんだぜ!」


 俺は貼り紙を掲げながら怒鳴った。まあ、お礼なんていう甘い言葉にホイホイ釣られちゃった俺たちにも多少落ち度はあるけどな。多少な。


「き、貴様! マリエル様を傷つけただけではなく、我らを愚弄するというのか!」

「ベルガドイルカ様たちを殺したことといい、もはや我慢ならん!」

「みなのもの、かかれ! やつの首を打ち取るのだ!」

「うおおおおっ!」


 と、今度はいっせいに手持ちの杖で俺に殴りかかってくる青ローブ連中だった。杖の使い方これであってんのかよ。


 まあ、こんな青ローブならぬ青瓢箪連中、俺の敵じゃないけどな。最初の一人の一撃をあえてノーガードで頭に受けたのち、「殴っていいのは殴られる覚悟があるヤツだけだぜ?」とかっこよく言って、そのままローブ連中に次々に反撃していった。


 もちろん俺は、ボコった直後にその口に回復薬ポーションを突っ込むのも忘れなかった。そう、ボコる、回復、ボコる、回復の高速ローテーションだ。一人あたり一秒弱の早業! 実はパン工場とかで繰り返しの単純作業するのに向いてるのかもな、俺。はは。


 やがてほとんどの青ローブ連中は、口に回復薬ポーションの瓶をねじこまれたまま倒れているだけになった。みな回復しているはずだが、俺に恐れをなして起き上がる気力もないようだ。思い知ったか、クソども。


「ひ、ひどい! なんてことをするの、あなた!」


 と、そこで、マリエルとかいう女が額を手で押さえながら立ち上がり、俺に抗議してきた。涙目で。


「みんなただ、私を守ってくれようとしただけなのに、それをこんな……」

「守る、だとォ?」


 その言い方にはさすがにイラっとせずにはいられなかった。お前を守るどころか、こいつら明らかに、俺を殺しにかかってきてたんですけど!


 だが、俺が何か言う前に背後から声が聞こえてきた。


「マリエルというそこの女、お前の言い分はずいぶん矛盾しているようだな?」


 それはヤギの声だった。


「お前たちはそもそも『ベルガドの自然を愛する会』という名前の組織なのだろう? 自然というものを愛しているのだろう?」

「も、もちろんよ!」

「ならば、当然、自然の厳しさも知っているはずだな?」

「厳しさ?」

「自然とは本来、弱肉強食の世界。弱いものはより強いものに蹂躙されることなど、極めて当たり前のことなのだ」

「つ、強いもの……?」


 マリエルはそこで、恐る恐るという感じで俺を見た。


「ああ、そうだな! 強い俺が弱いお前たちをボコボコにしても、なんも問題はないな! それが自然ってやつなんだからな!」


 俺はこれ見よがしに拳を掲げ、笑った。マリエルはますます恐怖で青ざめ、ちぢこまった。


「さらに、さきほどのお前たちの話にも大いに矛盾があると思う」


 と、ヤギは続けて言った。


「お前たちは、何やらトモキがあのイルカたちを倒したことに腹を立てているようだが、彼らがトモキという一人の人間に倒されたこともまた、弱肉強食という、自然界における一つの、ありふれた摂理によるものだ。人間もまた、自然の一部なのだからな。そして、その事実から目を背け、イルカたちを過剰に保護しようとしているお前たちの行いは、まさに自分たち人間が、自然とはかけ離れたある種の上位存在だとうぬぼれていることの現れではないだろうか。実に片腹痛い話だ。身の程を知れ、人間ども!」


 と、どすの利いた声で青ローブ連中に一喝するヤギだった。とたんに、彼らは一様に「ひぃ!」と悲鳴をあげ、体を震わせた。さすが野獣。自然を語らせると強いな。


「お前たちはしょせん、自分たちの偏った思想を正当化するためだけに、『自然を愛する』などときれいごとを掲げているだけだろう。本当に自然を愛しているというのなら、弱者であるお前たちは、今ここで強者であるそこの男に屠られることを受け入れるがいい!」

「そうだそうだ! 焼肉定食、じゃなかった、弱肉強食だぞ!」


 俺もヤギに相乗りして、連中を脅した。ザックも「そうだぜ、やっちまえ、トモキ!」とはやしたてた。ユリィはひたすらおろおろしてるようだったが。


「え、いや、その……これ以上ここで暴れるのは勘弁してください……」


 ややあって、マリエルは俺に嘆願してきた。涙目で。


「え、なんで? 君たち自然を愛してるんでしょ? だったら、自然流必殺奥義『弱肉強食』でボコボコにされても文句言えないんじゃない? それが自然の摂理ってやつなんだからさあ? ねえ?」

「う……」


 マリエルは目を白黒させた。


「まー、お前たちが自然への間違った愛を改めるって言うのなら、俺も考えなくもないけど?」

「ほ、本当?」

「本当、本当。自分の心に正直になって、こう言ってごらん。『私たちは別に自然もイルカも愛してません。社会の底辺である自分たちが、何か特別な存在になれるような気がしたので、こういうおバカな宗教活動に走ってました』って」

「え、そんなこと言えるわけ――」

「言え」


 俺はマリエルの顔の前に回復薬ポーションの瓶を突き出し、強くうながした。


「うう……わ、わかったわよう……」


 マリエルは目からぼろぼろ涙を流しながら、たどたどしく俺の言葉を復唱した。


「お前らも言うんだよ! 俺にまた殴られたくなかったらなァ!」

「は、はいぃ!」


 他の連中もすぐに同じように俺の言葉を復唱し始めた。みんな、泣きながら。何度も何度も。


「はっはっは。さっきまでの勢いはどうしたよ? ざまあねえな、お前ら!」


 そのみじめすぎる姿に、俺は高笑いせずにはいられなかった。まさに正義は勝つってもんだぜ!

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