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「おいおい、話が違うじゃねえかよ。俺はあのクソ害獣イルカを倒したお礼を受け取りに来たんだが? お前らどう見ても、俺に感謝するって態度じゃねえよなあ?」


 俺はため息まじりに言った。美味しいごちそうでも食わせてもらえるのかと思って来てみたら、まるで様子が違うときている。


 しかも、


「クソ害獣イルカだと!」

「ベルガドイルカ様のことをそのように愚弄するとは、なんという不届き者!」


 この青ローブ連中と来たら、なんかめっちゃイルカを崇拝しているようだ。


 うーん、やっぱこの感じはアレかなあ。


「お前らもしかして、ベルガドイルカってのだけじゃなく、クジラとかも好き?」

「もちろんだ! 見ろ、そこにある我らベルガドの自然を愛する会のシンボルマークを! これはあの偉大なる『奔流の壺鯨ファルン・クトゥン』様をイメージしたものなのだぞ!」


 と、青ローブ連中は近くに掲げられていた旗を指さした。見ると確かにそこにはクジラのようなシルエットのマークが入っていた。あれがこの世界に数体しかいないというディヴァインクラスのレジェンド・モンスター、奔流の壺鯨ファルン・クトゥンか。ただのクジラにしか見えんわけだが。


「ふーん、イルカだけじゃなくてクジラも好きか。じゃあ、サメは?」

「あ、それは別に」

「サメは知能の低い野蛮な生物ですからね」

「じゃあ、シャチ」

「もちろん、シャチ様も尊いですよ!」

「そ、そう……」


 そのへんに明確なラインがあるわけね。つまり、こいつら……地球でイルカやクジラを崇拝している連中と同じか? 捕鯨反対とかギャーギャーわめいてたりしてさ。


「まあ、お前たちが海の生き物をどう愛でようと勝手だが、俺が倒したのはあくまでベルガドイルカのドクオ個体だけだぞ? あいつら人を襲ってたんだぞ? あんなの倒すしかないだろ? なにがイルカ様だよばかばかしい」

「何を言うか! たとえドクオ個体であろうと、ベルガドイルカ様の存在は尊いのだ! 決して人間風情が傷つけてはならぬもの!」

「近年では個体数が減少傾向にあり、絶滅寸前とまで言われる種族なのだぞ!」

「いや、あんな繁殖に関われないような負け組の雄どもを片付けても、種の個体数には何の影響もねえだろ。ぶっちゃけただのゴミ――」

「黙れ! 異性の伴侶を得ることだけが人生の価値ではない!」

多様性ダイバーシティだ!」

「オス同士群れてもいいじゃない! そういう生き方を認められる社会になろう!」

「負け組でもいいんだ! 子孫を残せなくてもいいんだ! 彼らは素晴らしい!」


 ぎゃーぎゃー。ドクオ個体をけなしたとたん、ものすごい勢いで反論してくるやつらだった。やべーな、この勢い。おそらくこいつらも、ドクオ個体のイルカと同じように負け組人生送ってる連中だろうな。ただのカルトじみたイルカクジラ崇拝だけじゃなくて、社会の底辺同士の共感シンパシーも混じってるぞ。


「うっせーな! 倒しちまったもんはしょうがねえじゃねえか! お前らがいくら騒いでも死んだイルカがよみがえるわけじゃねえんだぞ! 俺はお前らの頭のおかしい思想を聞きにここに来たわけじゃないんだ! 俺にご褒美くれる気ないなら、とっとと帰るからな!」


 俺はあらん限りの声を張り上げ、怒鳴った。


 だが、そこで、


「ご褒美ならあるわよ!」


 と、一人の女が前に一歩出てきた。見ると、他の連中とは違って、青いローブにきらびやかな刺繍が入っており、おそらくこのわけのわからん組織のリーダーなんだろう。年齢は三十前後くらいか。体型や顔立ちはいたって平凡、長い亜麻色の髪を三つ編みにして一つにまとめていた。


「さっき言ったでしょう、私たちは大いなる自然の代行者として、あなたたちに天誅を下す、と!」


 女はそう叫ぶと、携えていた杖をこっちにふりかざした。


「もしかして、今から俺たちに攻撃魔法でもぶっ放すつもりか?」

「ええ、そうよ! 覚悟しなさい!」

「ああ、好きにしていいぜ」

「えっ」

「ただ、俺は基本的にやられたらやり返す主義だから」

「だ、だからなに!」

「女でも普通に殴るから」

「は! 強がりを言っているのも今のうちよ!」


 と、女は叫ぶと、さっそく魔法を使い始めた!


「母なる大地よ、その大いなる慈愛を今こそ――」


 と、目をつむり、ぶつぶつ詠唱し始めて……。


「いや、いくらなんでも無防備すぎるだろ」


 俺は即座に女にデコピンして、その体を奥に吹っ飛ばした。

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