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「ああ、確かに俺たちは最強地元チームだが……」


 男は俺の問いにあいまいにうなずいた。


「ふーん。じゃあ、お前たち、ベルガドの祝福とやらについて何か知らないか?」


 俺はすかさず尋ねた。そうそう、ちょうどそういう地元民に聞き込みする予定だったんだよな、俺たちは。


 まあ、しかし、


「ベルガドの祝福? さあ……」


 男たちは何も知らない様子だった。やはり、こんなやつらに期待するだけ無駄だったか。他の連中に聞くか。


 と、思ったその時、


「あ、そういうのは、俺のじいちゃんが詳しいかも?」


 と、男の一人がポンと手を叩いてつぶやいた。連中の中では一番ひょろっとしていて、やせた男だった。


「へえ、じゃあお前のじいちゃんとやらのところに案内してくれよ。話を聞きたい」

「え、それはちょっと……。俺、実家を十年前に飛び出してから、一度も帰ってないし。ここから遠いし」


 やせた男はものすごくイヤそうに首を振った。ならなぜお前はジジイのことを話した。俺としては、めっちゃ気になるじゃんよ。


「お前の個人的な事情なんて知らん。いいから、そのジジイのところまで案内しろ。さもないとお前もコレだぞ?」


 俺は道具袋から回復薬ポーションを取り出し、その男に見せつけた。やつはたちまち、「ひいぃ」と悲鳴をあげ、真っ青になった。ふふ、きいてるきいてる。


 と、そこで、


「いや、トモキどの、ここから移動する必要はないだろう」


 と、キャゼリーヌが言った。


「私はすでにこのベルガドの地域データはインストール済みだ。場所の名前と個人の名前を言ってもらえれば、すぐにその相手に通信できるだろう」

「へえ、便利だな」


 というか、便利すぎてもうどういうシステムだかよくわからん。前々から思ったけど、この世界の魔法を使った通信システムって、地球のスマホインターネットよりもはるかに高度に発達しているよな? おかしいよな、ファンタジー世界なのによお?


「……というわけだ、そこのお前、この女に実家の場所とジジイの名前を言え」

「えっ」

「いいから、早く言わないとコレだから」


 俺は再び回復薬ポーションを見せつけながら、男に詰め寄った。


「わ、わかったよ! 言うよ! 俺の出身の村の名前は――」


 男は早口で出身地とジジイの名前を言った。直後、キャゼリーヌは左目の眼帯を外し、そのジジイに向けて通信し始めたようだった。ピポパと、電話機のプッシュ音みたいな音を出しながら。どういう回線使ってるの、お前。


 やがてすぐに、そのじじいに通信はつながったようだ。左目のプロジェクターから光が出て、少し前の何もない空間に、どこかの家の中の様子が映し出された。居間のようだ。


 目的のジジイは居間の隅にある安楽椅子に座って、うとうとしているようだった。


「じ、じいちゃん、俺だよ!」


 孫の男が何度か声をかけるが、ジジイが起きる気配は全くない。


「おい、キャゼリーヌ。これちゃんとこっちの音声届いてるのか?」

「ああ、通信状態に問題はない。あちらからの反応がないのは、おそらく高齢者ゆえに周囲の変化に鈍くなっているがゆえんだろう」

「まあ、ジジイだしな」


 と、そのとき、俺たちの前に空中投影されている居間の風景に変化が現れた。一人の中年女が、ジジイのところに歩いてきたのだ。


「げ! 母ちゃん!」


 その中年女を見て、男は真っ青になった。おそらく十年前に家を飛び出して以来、母親とは一切会ってないんだろう。気まずさマックスだ。


「あんた! 急にこんな通信よこして、いったいどういうつもりなの!」


 男の母親の中年女も、すぐにこちらからの通信に気づいて、カメラ(?)に近づいてきた。画面いっぱいにその怒った顔が映し出され、ジジイの姿は見えなくなった……って、俺的にはこのババアには用はないんですけど!


「なんか痩せてるみたいだけど、ちゃんとご飯は食べてるの? 今はどんな暮らしをしてるの? 人様に迷惑かけるような生き方してたりしないでしょうね? この十年間、母さんはそれが心配で心配で……」

「ご、ごめんよう、母ちゃん」


 親子はともに涙ぐみ始めた。やべえ。典型的な「久しぶりに実家に帰ったバカ息子と、それを叱りながら泣く親」というシーンに突入してしまったぞ。そんなベタな三文芝居どうでもいいんだが! 俺はただ、ジジイにベルガドの祝福の情報聞きたいだけなんだが!


 やがて、


「そ、そう……。あんた今は、トレジャーハンターをやってるのね。母さん、安心したわ。ちょっと荒っぽい仕事だけど、人様のためになることだもんね。これからもお仕事頑張りなさいよ。辛くなったら、いつでも帰ってらっしゃい。母さん、もう十年前のあのことは怒ってないから」

「うう、あのときは本当にごめんよう、母ちゃん」


 なんか親子の感動の再会シーンは無事終わったような気配だ。十年前のあのことって何だよ。


「あ、あのう、お母さん? 俺たち実は、ベルガドの祝福というものについて調査してまして」


 俺はすかさず、男の前に出て、本題に入った――が、


「まあ、あなたはもしかして、うちの息子の仕事仲間さんかしら? これはこれは、うちのバカ息子が日ごろからお世話になっております」


 なんかババアがまだ話の主導権握って放さないんだが!


「い、いや、俺はあんたの息子さんとは今日出会ったばかりで、お世話してるとかされてるとかそういう関係でもない――」

「え? あなたは、うちの息子の同業者ではないのですか? では、一体どちら様で?」

「いや、どちら様と言われても名乗るほどでもなく……」


 いいからそこをどけ、ババア! 俺にジジイと話をさせろ!


「母ちゃん、このお方は二つの国の武装集団を壊滅させた元死刑囚らしいよ」

「ええっ!」


 と、息子の言葉にぎょっとする母親だった。なんつう紹介の仕方してるんだよ、お前。


「そ、そんなお方が、うちの息子に一体何の用でございましょう?」

「だから、ベルガドの祝福――」

「ああ、わかりました! お金ですね! うちの息子があなた様に何か粗相をして、お金を要求されているのでしょう! いったいいくらご用意すればよいのでしょう!」

「ち、ちがっ! 確かに粗相はされたけど、金は別にいらないから!」

「え……じゃあまさか、私の体で支払えとかそういうお話?」

「いるか、そんなもん!」


 もう何このババア。早く俺の視界から消えてほしいんですけど!

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