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「母ちゃん、この人は元死刑囚らしいけど、それはともかく、今はベルガドの祝福ってやつを探してるみたいなんだよ。それで、じいちゃんなら何か知ってるんじゃないかって思って、連絡したんだよ」


 と、息子がようやくストレートに話を切り出した。


「まあ、そうでしたの。それで、うちのおじいちゃんに……」


 ババアもようやく俺の目的を理解したようで、すぐに後ろに下がり、眠っているジジイをゆさぶって起こした。


 ジジイはすぐに目を開け、


「ほわあ……」


 と、気の抜けたあくびをした。大丈夫か、このジジイ。


「おじいちゃん、ほらあれ見てください。今日は、十年ぶりにあの子からの通信が入ったんですよ」

「ほわああ」


 ババアがこっちを指さすのに、ジジイの反応は相変わらず亀のように緩慢だ。もはや相当ボケてるのか、このジジイ。


「おーい、じいさん! 俺たち、ベルガドの祝福について知りたいことがあるんだが!」


 とりあえず、こっちから大きな声で呼びかけてみた。


 すると、


「ベ、ベルガドの祝福じゃと!」


 急にジジイは椅子から身を起こし、ピンと背筋を伸ばして立ち上がった。なんだこれ。ジジイ再起動のパスワードだったのかよ。


「おお、なんということじゃ! ベルガドの祝福を求めてこのワシの話を聞きに来る若者が現れるとは!」

「いや、聞きに来てはいないけど。遠くから通信してるだけですけど?」

「いにしえの時代より受け継がれし伝承をついに語るときが来たようじゃ」

「え、そこまで昔の話を聞きに来ているわけでもないですけど?」

「言い伝えによるとこうじゃ……大いなる亀ベルガドは自ら選んだ人間に祝福を与える!」

「あ、はい、それは知ってるので」


 さっきからなんだこの一方的な会話。まともに会話のキャッチボールする気ないのかよ、ジジイ。


「あの、他に何か新情報ないですか?」

「しかし、今よりおよそ二百五十年前、ベルガドは深い眠りについた」

「いや、それ確か三百年前の話ですよね。その口上、たぶん五十年前から更新されてないですよね? 使いまわしはよくない――」

「そう、大いなる亀ベルガドは力を使い果たしたのじゃ。ベルガドの祝福を使ってのう」

「え」


 なにその情報。休眠状態になる前にベルガドの祝福を使ったってのは、初めて聞く話なんですけど!


「あ、あの、その話もっと詳しく聞かせて――」

「ベルガドが祝福を与えたのは、当時、伝説とまで言われた男」

「伝説の男? いったい誰ですか? つか、そもそもベルガドの祝福の効果って何? 何なん!」

「伝説の男、その名は……その名は……」

「彼の名は!」

「………ぐぅ」


 と、そこでいきなり椅子に倒れ込み寝落ちするジジイだった。おい、こら! 肝心なことをしゃべる前に勝手にシャットダウンするんじゃない!


「おい、じいさん! もっとベルガドの祝福について聞かせてくれよ! ベルガドの祝福!」


 何度もジジイ再起動のパスワードを言うが、もはや反応がない。完全に電源を落としたようだ。


「ごめんなさいね。おじいちゃん、最近はずっとこうなの。まるで赤ちゃんみたいに寝てばっかりなのよ」


 ババアがそんなジジイの肩に毛布を掛けながら言った。くそう、もう話は聞けないか。俺はババアに礼を言うと、そのまま通信を切った。


「俺のじいちゃんは、昔、クルードの大学で考古学を研究していたらしいんだ」


 と、直後、やせた男が俺に言った。なるほど、だから昔のことに詳しいのか。


「その大学って今もあるのか?」

「ああ、あるよ」

「じゃあ、そこに行って、現役の考古学者に会えば、今の話の続きが聞けそうだな」


 ボケ老人を問い詰めるよりかはずっと効率がよさそうだ。俺はユリィたちと話し合い、明日にでもみんなでクルードに戻ることにした。(今日すぐに行くと、ドノヴォン国立学院の生徒がまだクルードに残ってて鉢合わせするかもしれないからな。そんなの気まずいもんなー)


 と、その直後、


「あ、そうだ、思い出したよ! 三百年前に伝説を作った男の話!」


 泥だらけになって農作業をしていた男の一人が言った。


「確か、彼は当時、このベルガドで凄腕のトレジャーハンターをやっていたはずなんだ。あまりに稼ぎがすごいので、伝説とまで言われたっていう」

「へえ、伝説のトレジャーハンターの男か」

「名前は、ロ・イン・ジーグだったかな。伝説のジーグ。俺たちトレジャーハンター仲間の間では、かなり有名な存在だよ。なんせ素材集めだけで伝説を作った男だからね」

「なるほど。そいつが三百年前、ベルガドの祝福を受けたわけか。そのへんの話はお前たちの間では伝わってないのか?」

「さあ? 伝説のジーグがベルガドの祝福を受けたって話は初めて聞くなあ」

「そうか。まあいいや、ありがとな」


 やはりクルードの大学で考古学者の話を聞く必要がありそうだ。俺たちはその場にいるすべての男たちにまとめて礼を言い、その場を離れた。

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