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「へえ、そいつは災難なことだったなあ」


 まともに相手をするのもめんどくさかったので、とっさにしらばっくれたが、


「だから、お前たちのせいだって言ってるだろ!」


 すでにバレてた。くそう、あの道具屋の親父め。俺の情報いちいち他に流してんじゃねえよ。


「ちっ、うっせーな。それぐらいの相場の変動、この手の仕事にはよくあることだろうがよ。男がこまけーことギャーギャー騒ぐんじゃねえよ」

「ふざけんな! お前のせいでいったいいくら損したと思ってるんだ!」

「いくら?」

「え」

「実際いくら損したの? 言ってみ?」

「え、えーっと……」


 と、俺につっかかってきた男はあわてて懐からメモ紙を取り出し、見た。そして

「いち、にい、さん……」と、何やらたどたどしく計算したのち、


「ぜ、全部で百万ゴンスぐらいだ!」


 なんか雑な答えが返ってきた。


「え、その金額ちょっとおかしくない? 一つあたり二十万ゴンスで売れるはずのものが、五万ゴンスに値下がりしたんでしょ? だったら損失は一つ辺り十五万ゴンスになるわけで、損害額の合計は十五万ゴンスの倍数になるはずじゃない? でも、百万ゴンスは十五万ゴンスの倍数じゃないわけじゃない? 計算間違ってない、ねえ?」

「え、ば、ばいすう?」


 ガタイのいい男たちはたちまち目を白黒させた。おそらく、こいつらはずっと荒くれ稼業やってて、ろくに算数できないんだろうな。ふふ、日本の義務教育を無事修了した俺を舐めないほうがいいぞ!


「いったいあんたら、その素材をいくつ集めたの?」

「え、八つだけど」

「ふーん? じゃあ、十五万かけるの八で、損は全部で百二十万ゴンスか。まあ、百万ぐらいって言い方なら間違ってないかもな」

「な……。この一瞬で、俺たちが損した金額の合計を計算しただと!」

「バカな! 魔導計算機も使わずに!」

「貴様、いったい何者だ!」


 ざわざわ。とたんにおののく男たち。こいつら、どんだけ算数苦手なの。ドノヴォンの国立学院でも、みんなこれぐらいの計算すぐにできましたよ? 教育って大事ねえ。


「まあ、百二十万の損失はちょっと痛いかもしれないけど、お前たちならすぐ取り戻せるだろ。細かいことは気にするな。じゃあな」

「お、おう……じゃねえっ!」


 と、一瞬俺に流されそうになりながらも、なお噛みついてくる男たちだった。


「こっちは五日もかけてこれを八個集めたんだぞ! それなのに、村に戻ってみたら、買取り金額がダダ下がりとか、そんなバカな話があるかっ!」


 男は戦利品のツノを掲げながら、再び怒鳴り散らす。俺の後ろで泥だらけの男たちが、「え、五日であれを八つも? すごい……」と、つぶやくのが聞こえた。おそらくベルガドのトレジャーハンターカーストじゃ、俺の後ろにいる連中は最底辺で、目の前で顔を真っ赤にしている連中は上位なんだろう。


 ま、俺にとっちゃ、そんなの関係ないけどな。


「え、君たち、それを八つ集めるのに五日もかかったの? うけるー。俺だったら、それぐらい一日で集められるんですけど? 一人で」


 せっかくだし、ちょっと煽ってみた。


「はあ? バカ言ってんじゃねえよ。このモンスターを一日で八体も倒すとか、そんなことできるわけない――」

「いや、彼ならできると思いますよ。なんせ、毎日のように何百万ゴンスもの大量の素材を買い取ってもらってるらしいですからね」


 と、泥だらけの男たちの一人が言った。


「ま、毎日、何百万ゴンスも稼いでるだと……」

「なんてめちゃくちゃな稼ぎだ!」

「一瞬で計算もできるし、こいつ、タダモノじゃねえっ!」


 ざわざわ。再びおののく男たち。いや、毎日ってほどでもないんだがな。稼いだの二日しかないんだがな。まあいいか。


「バ、バカ言ってんじゃねえ! 俺たちは、このベルガド生まれのベルガド育ち、ベルガドの森も山も洞窟も知り尽くした最強地元チームだぞ! そ、それがこんな、いかにもつい最近よそから来たようなやつらに負けるなど、あ、ありえないっ!」

「それがありえるんだなー」


 そうそう、奇跡も魔法もあるんだよ。


「てめえ……調子こいてんのもたいがいにしろや!」


 と、男の一人、特にガタイのいいやつが俺の胸倉をつかんできた。その間近に迫った顔は怒りで真っ赤だ。さらに、右腕を振り上げ、いかにも俺を殴ろうと構えているようだ。


「え、もしかしてお前、俺を殴る気? 俺、別になんも悪くないけど、殴る気? 俺も殴られたらきっちり反撃すると思うけど、それでも殴る気?」

「うるせえっ!」


 さらなる俺の煽りにいよいよキレたようで、直後、男の拳が俺の顔面に飛んできた。


 それをよけるたり手で受け止めたりするのは容易だったが、俺はあえて、そう、あえてノーガードでその拳を顔に受けた。どごっ!


 まあ、別にこれぐらい痛くもなんともないわけだが。


「な……俺の拳を受けて、無傷……だと……」


 拳を引いたところで、俺のノーダメージの顔を見てぎょっとした男だった。


「なあ、俺さっき言ったよな? 殴られたら殴り返すってさ」

「え」

「殴っていいのは殴られる覚悟があるヤツだけだぜ?」


 俺はにやりと笑った。

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