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「動くなって、なんだよ、いきなり? お前、いったいなんなんだよ?」


 俺はいきなり声をかけてきた女に尋ねた。女は俺たちから離れたところに立っていて、暗くてその姿はよく見えなかった。かろうじて声とシルエットで女とわかるくらいだった。


「……まずは、正確な今の状況を確認しておきたいのでな」


 と、女はそこで俺たちのほうに近づいてきた。だんだんその容姿が、俺たちの目にも明らかになった。


 左目に眼帯をしていたが、それ以外は特に変わった風貌でもなさそうだった。赤く長い髪に、赤い目をした、若い女だ。その体は銀色のテカテカしたロングコートに包まれている。手袋やブーツも着用しており、肌の露出はすこぶる控えめだ。


 女は俺たちの近くまで来ると、すぐにしゃがみ込み、さっき俺がぶっ壊したポンコツの残骸をしげしげと見つめ始めた。


 そして、


「……すごいな。このオルトロスBF-N98を、素手でこうも破壊するとは」


 と、驚いたように漏らした。このポンコツのことを少しは知っているようだ。


「そこのお前、これを壊すのにどれぐらいの時間がかかった?」

「二十秒くらいかな」


 とりあえず、女に聞かれたので適当に答えたが、


「二十秒! なんという早業だろう!」


 女はさらに驚いたようだった。


「お前、さては勇者アルドレイの生まれ変わりとやらだな!」

「えっ」

「このオルトロスBF-N98のアンチフィジカルバリアは、勇者アルドレイの生まれ変わりの少年でもない限り、決して短時間で素手で突破できないように設計されている。それをたった二十秒で破ったのだ。つまり、お前こそ、勇者アルドレイの生まれ変わりの少年!」

「あ、はい、まあ……」


 否定するのもめんどくさそうなので、素直にうなずいた。というか、あの学院にあった勇者岩といい、この世界の連中は、なぜ俺基準でモノの強度を設定するのか。象が踏んでも壊れない的な、お約束のキャッチコピーかよ。


「そうか! 勇者アルドレイの生まれ変わりの少年については、つい最近、その存在を聞いていたが、まさかこうして実際に会えるとはな!」


 女は感動したように、俺の手をがっしと握ってきた。とたん、その体からガチャンという音が聞こえてきた。手袋越しに伝わってくるその手の感触も、かたくて冷たい。


「ところで、お前はいったい何なんだよ? 自己紹介しろ」

「ああ、失礼した。私はキャゼリーヌという名の、どこにでもある普通の魔導サイボーグだ」

「どこにでもある、普通の……魔導サイボーグ?」


 いや、たぶんそれ、この世界のどこにでもあるやつじゃないと思うんですけど!


「なんでそんなメカ人間が、こんなところに?」

「……これを回収しに来たのだ」


 と、眼帯サイボーグ女のキャゼリーヌは、足元のオルトロスの残骸を指さした。


「このオルトロスBF-N98は、我が師匠が作った、家庭用お掃除魔導カラクリなのだ」

「家庭用お掃除カラクリ? 家庭用?」


 いや、家庭用にしてはあまりに攻撃的すぎたんだが? 機銃とレーザー光線がぶっ放せる家庭用って。


「このオルトロスBF-N98は、もともと我が師匠が、とある貴族の要望を受けて特別に開発したものなのだ。貴族の希望は、全自動で家を掃除してくれるカラクリが欲しい、というものだった」

「ああ、それであの円盤型だったわけか……」


 ようするにルンバかよ。


「我が師匠は腕利きの魔化技工士でな。掃除用の全自動カラクリはすぐに完成した。ただ、普通に家を掃除するだけでは味気ないということで、泥棒などが家に入ってきたとき用のセキュリティ機能もつけたのだ。おまけで」

「おまけで……」


 まさかそれがさっきの、超アグレッシブモードってやつなのかい?


「これを購入した貴族は、さっそくここベルガドにある別荘の掃除に使わせることにした。掃除用のカラクリとしての機能は、全く問題なかったという。ただ、不審な侵入者を識別するためのアルゴリズムに不具合があり、ただ家に手紙を届けに来ただけの配達員などにも無差別に攻撃するようになっていたので、急遽、回収することになったのだ」

「迷惑すぎるお掃除ロボだな、おい!」


 おまけで余計なモンつけた結果が、これだよ。


「しかし、貴族からこの連絡を受けたとき、我が師匠はレイナートの武術大会に参加しており、不在だった。なので、弟子の私が回収に赴いたというわけだ」

「はーん? つまり、お前の師匠はあのトーナメント大会に参加していた腕利きの魔化技工士……?」


 あれ? それに該当するやつって、一人しかいなくない? いや、一匹って言ったほうがいいのかな?


「お前の師匠って、もしかして毛深かったりする?」

「ああ、もふもふだ」

「肯定の言葉は『せやでー』で、ツッコミの言葉は『なんでやねん!』みたいな?」

「ああ、それらは師匠の口癖のようなものだ」

「ですよねー」


 もうあいつしかいねえじゃねえかよ。


「……マオシュのやつ、こんな弟子がいたんだな」

 

 俺はため息交じりにつぶやいた。


「おお、さすが勇者アルドレイの生まれ変わりの少年! 我が師匠を知っているのだな!」


 キャゼリーヌは俺の口から師匠の名前が出てきて、感動したようだった。やはりこいつの師匠はあのキツネであってるらしい。

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