255

 俺たちはそれから詳しい話を聞くために、男の仲間がいるという村はずれの宿屋に向かった。


 そこはいかにもな安宿だった。部屋も、一人用のものを三人で使っていた。金がないのだろう。いかにも貧乏くさそうな、冴えない男三人のパーティーだった。


 しかもその二人は今は傷だらけだった。俺たちと一緒に帰ってきた男は、すぐに二人に買ってきた回復薬ポーションを飲ませた。一番安いものだったはずだが、飲むとそれなりに顔色がよくなる男二人だった。即効性か。まあ、怪我はあまり治ってなさそうだが。


 と、そこで、


「おい、残った回復薬ポーション、俺によこせ」


 ザックが男たちに手を差し出した。


「え、君も怪我してるの?」

「どこも悪そうじゃないけど――」

「いいから、よこしやがれっ!」


 と、ザックのやつ、男の一人の手から強引に未使用の回復薬ポーションを奪い取った。そして、すぐにフタを開け、中身のにおいをかぎ、


「ま、この感じなら、成分はスタンダードな紫弟切草ベースか」


 と、なにやら知った風な口をきくと、その回復薬ポーションにいきなり電撃を流したようだった。びりびり。あまり強い電撃ではなさそうで、その光はすぐに消えた。


「……よし、これで少しは効果が上がったはずだぜ」


 ザックは電撃処理?の終わった回復薬ポーションを男たちに返した。


「え、効果が上がったって?」

「いいから、飲んでみろよ。違いがわかるはずだぜ」

「は、はあ……?」


 怪我人の男の一人は、いかにも半信半疑という顔で、手渡された回復薬ポーションの中身を口に流し込んだ。


 すると、たちまちその怪我はきれいさっぱり治ってしまった。


「おお!」

「確かに回復薬ポーションの効果が上がっている!」

「怪我が一瞬で治ったぞ、すごいな君!」


 男三人はびっくり仰天しているようだった。俺も同感だった。電気をちょっと流したぐらいで回復薬ポーションの効果が上がるって、いったいどういうことなのさ? さっぱり意味がわからんぞ!


「へへ、これぐらい俺の家の人間なら誰でもできることだぜ?」


 とは言うが、男たちの反応に誇らしげに鼻をさするザックであった。


『おそらくあのチビは、電気分解で回復薬ポーションの成分を変化させたんでしょうネー』


 と、頭の中でゴミ魔剣の声が響いた。こいつは今、普通に剣の形に戻って俺の腰にあった。


「電気分解? なんだそれ?」


 小声で尋ねてみると、


『アッハ、ある種の水溶液に電流を流して、還元反応と酸化反応を起こさせることですヨ? 理科の時間に習ったデショ、マスター?』


 なんかケミカルなこと言いやがる。


「知らねえよ、そんなの。理科は苦手なんだよ」

『ほら、お掃除に便利なアルカリ電解水とか、聞いたことあるでショ? あれは水を電気分解して作るんですヨ?』

「あ、なんか100均でそういうの売ってたな」


 なるほど、よくわからんが今ザックがやったことは地球の化学的な知識で説明つくことらしいな。技術としては地球じゃ100均レベルだしな。よくわからんけど。


『この世界では電気分解という概念は存在しないようですが、ある種の水溶液に微弱な電気を流すと成分が変質するみたいにふわっとした認識は存在するようですネ』

「ふーん? あいつの家はその知識を活用してるってわけか」


 理屈はわからんがこれをこうするとこうなる、みたいな理解だろうな。発展途上の科学ってそんなもんだ。


 しかし、まさかイキってるだけのクソザコチビにこんな特技があったとは……。


「すごいですね、ザックさん。電撃魔法を使って回復薬ポーションの効果を上げられるなんて!」


 ユリィのやつも、ザックの特技に感心しているようだった。くうう、またしてもザックのやつ、ユリィの好感度を荒稼ぎしやがったぞ。


「俺も話には聞いていたが、実際にこの目で見るのは初めてだ。素晴らしい仕事だな、ザック」


 と、ヤギまでザックを褒めてやがるし!


「い、いや、それほどでもねえぜ? へへ……」


 男三人とユリィとヤギにいっせいに褒められて、ますます照れるザックだった。ぐぬぬ。


 まあでも、仲間としてはまるで無能よりかはそういう実用性のある特技があったほうがいいか。ユリィが怪我したときには使えそうだしな。


「そ、そうだな。俺も今のはなかなかいい仕事だったと思うぜ」


 と、一応俺も褒めておいた。一応な。ここで俺だけノーリアクションなのも不自然だしな!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る