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「これはようこそお越しくださいました。勇者アルドレイ様とドノヴォン国立学院御一行様!」


 俺たちがホテルの入り口に来たところで、中から従業人と思われる人たちが飛び出してきた。みな、俺たちを待ち伏せしていたのだろうか。いや、俺たちっていうか、この場合俺のみか……。


「これはどういう騒ぎだい、支配人?」


 と、エリーが従業員の中の一番年長らしいお爺さんに尋ねた。どうやら、このホテルの支配人のようだ。


「はて? 騒ぎと言いますと?」


 支配人のお爺さんは、エリーが明らかにイラついているにも関わらず、質問の意味がよくわかっていないようだった。


「だから! これのことだよ! あたしは今回の修学旅行で勇者アルドレイが一緒に来るなんて、伝えた覚えはないんだけどね!」


 エリーは俺の名前が書いてある看板を指さしながら怒鳴った。おそらくこいつは今、俺が勇者バレしたせいで余計な仕事が増えそうなのでムカついている。


「ああ、そのことでしたら、今から一週間ほど前に、そちらの学院に魔法の通信で直接お問い合わせして確認させていただいたことでして」

「一週間前にうちに問い合わせ? あたしは聞いてないよ、そんなこと」

「いえ、確かにご返答いただきましたよ。うちのほうで、『風のうわさでそちらの学院に勇者アルドレイ様がいらっしゃると聞きましたが、彼は今回の修学旅行でベルガドに来られるのですか?』と尋ねると、『はい、勇者様は僕のクラスにいますよ。修学旅行にもいくんじゃないですかねー』という内容で」

「ほう……僕のクラス、ねえ……」


 エリーは近くに立つ間抜け面の不死族教師をギロリとにらんだ。


「あ、そういえば、確かに一週間ぐらい前にそういう感じのお問合せがあった気がしますね?」


 と、そこでようやく自分のしでかしたことを思い出す男だった。お前が情報漏らしてたのかよ!


「……まあ、バレちまったのはしょうがないね。そこの昼行灯の処分はおいおい考えるとして、とりあえず、勇者アルドレイの存在は一切聞かなかったことにして、例年通りに対応してほしいんだけどね」


 エリーは支配人に言うが、


「え? 勇者様のご滞在をなかったことに? それはもう無理ですよ。すでにクルードタイムズなどのメディアからの取材の申し込みが殺到しておりまして」


 おいおい。こっちのマスコミにもすでにバレちゃってるぞい!


「取材は全部断りな! 勇者様は持病の痔が悪化して来られなくなったんだよ!」


 エリーはますます苛立たし気に怒鳴る。持病の痔ってなんだよ、とっさに言い訳にしてもひどいよ、エリー……。


「え、勇者様はこの中にはおられない? 本当ですか、それは?」


 支配人は俺たち生徒を見つめた。すると、その視線に誘われるように、周りの生徒たちが俺の方をじーっと見始めた。勇者様、実はここにいるんだけどな、みたいな雰囲気で。


 そして当然、一人の男子生徒へのその視線の集中は支配人にも伝わるわけで、


「なーんだ、ちゃんとそこに勇者様がおられるようではないですかー」


 俺がその勇者様だって即バレた。目は口ほどにものを言うとはまさにこのことだ。みんなリアクションが正直すぎる。


「はじめまして、勇者様。わたくし、こちらのホテルのホテルの総支配人をさせていただいている、ロッツォと申します。どうぞお見知りおきを」


 支配人のロッツォは俺の前まで来て、うやうやしくひざまずいて頭を下げた。エリーがそれを見て、またイライラしたように舌打ちした。俺をにらみながら……って、俺別に何も悪くないんですけど!


「とにかく、実際はどうであれ、今後は勇者様はここには来てないってことで話を通してほしいね。取材ももちろん全部お断りだよ。これ以上情報を漏らしたら来年からは違うホテルを使うからね」

「は、はい! かしこまりました!」


 ロッツォはとたんに震え上がったようだった。まあ、毎年やってくる団体の修学旅行生って大口の客だしな。


 と、そこで、ホテルの入り口からさらに数名、飛び出してきた。妙に派手な格好をした若い女たちのようだった。


「私たちぃ、今の話、全部聞いてたんですけど、あなたが勇者アルドレイ様? うわさには聞いてたけど、実際会うの初めてかもー。超感激ぃ!」


 なんかいきなり俺を囲んでキャッキャしはじめた。なんなん、この唐突なギャル系の群れ?


「私たちぃ、そこの支配人のおじいさんに呼ばれてやってきた踊り子なのー」

「勇者様のために特別な踊りを踊ってって頼まれちゃってー」

「うーんとサービスしてあげてってー」


 こいつら俺専用の踊り子かよ。


「勇者様のためにスペシャルな衣装用意してきたからあ」

「いっぱい見て楽しんでね、勇者様ー」

「ほんとはダメだけど、勇者様なら特別におさわりもオッケーだよー」


 踊り子たちはそう言って、俺に抱きついてきた。うお! なんかすごくやわらかくていい感触……。


「話はわかったから、あんたらもこいつが勇者アルドレイだって他に漏らすんじゃないよ」


 エリーはすぐに俺から踊り子たちを引きはがしながら釘をさした。

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