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 さて、そんなこんなで月日は流れ、いよいよベルガドに行く修学旅行の日がやってきた。なんだか、編入にしてから今日まで、やけに長かった気がする。たった一か月程度のことなのに、いろいろあって、四か月と二週間ぐらい経ったような気分だ。なんでこんなに長かったのか。まあいいか。


 修学旅行の日程は七泊八日とけっこうなボリュームだったが、最初と最後の一日はまるまる移動で終わる予定だった。これは、学院から最寄りの港まで移動するための日だ。


 そもそも、ベルガドというのはベルガド湖というそのまんまな名前の湖の中にあるのだが、学院からはそこに行くまでのルートは、いったん海に面した港から船に乗って、しばらく海上移動したのち、運河の河口からベルガド湖に入るというものだった。そして、学院から港に行くまでの移動手段は徒歩だった。そう、修学旅行初日は、ただ港まで歩かされるだけだったのだ。同じ制服を着た生徒たちがひたすら同じ場所を目指してぞろぞろ歩くとか、歩兵の進軍かよ。まあ、バスとか電車とかない世界だからしゃーないか。


 なお、この徒歩移動は、必ずしも全員強制参加ではなかった。飛竜や馬などが用意できる余裕のあるご家庭は、それで港まで行ってもよいとされていたのだ。ようは船が出港する時間に間に合えば問題ないのだし。なので、俺のいる一年四組の生徒の半分近くは徒歩移動の強行軍に参加していなかった。……って、余裕のあるご家庭多いな、さす名門校。


 当然、ルーシアは徒歩移動には参加していなかった。俺、ユリィ、フィーオ、ヤギは普通に徒歩移動だった。俺も含めて、体力的にはまったく問題なさそうだった。


 ただ、俺のクラスの担任教師はマイ棺桶を背負っての徒歩移動だったので、妙につらそうだった。学院を出た当初はよかったが、歩いているうちに次第にふらふらし始めた。やつは移動中はずっとつばの広い帽子を被っていて、日光対策はしっかりしているようだが、それでもやはり昼間はかなりの虚弱のようだった。


「先生、それ、無理して持っていく必要あるんですか?」


 道中、あまりにもつらそうなので思わず聞いてみると、


「当たり前でしょう。僕は、棺桶が変わると眠れないタチなんですよ!」


 不死族教師はきっぱりとこう言うのだった。いや、眠れなくても、それでどうにかなる男じゃない気がするんだが……まあいいか。マイ枕みたいなもんか。


 しかし、やがてその男は道の半ばで倒れてしまった。そのまま捨てて置いてもいい気がしたが、修学旅行のマニュアル通りに緊急用の馬車で運ぶことになった。徒歩移動中にスタミナが切れた生徒用に、学院のほうで馬車を一台チャーターしていたのだ。


 ただ、やつが倒れたときその馬車はすでに満員に近く、さらに荷物の棺も邪魔くさいということもあって、いったん棺にその男を収納し、それを縄で馬車にくくりつけ、引きずって運ぶという方法がとられた。まるでドラクエの仲間の死体のように。ただ、ゲームとは違って、実際は棺が地面とこすれてガタガタ揺れる音がうるさかった。


 やがて、夕方近くになって、俺たちは港についた。現地集合組はすでに全員到着しているようだった。俺たちはそのまま船に乗り、海上で一泊した。夜が明けたころには、すでに船はベルガド湖に到着しており、目的地の港は目と鼻の先にあった。意外と近いな、ベルガド。


 船内で朝食を取った後、港に着くまではまだ少し時間があったので、俺はユリィとヤギと三人で甲板でぼんやり湖をながめて過ごした。海と違って水面はおだやかで、磯臭さもなかった。朝の淡い陽ざしが水面をきらきら照らしていた。


 と、そんな俺たちのところにリュクサンドールがやってきた。妙に得意げな顔で。


「先生、俺たちに何か用ですか?」

「おお、よくぞ聞いてくれました、トモキ君。実は昨日から、これを君に見せたくて見せたくて見せつけたくてたまらなかったのですよ」


 やつはそう言って、懐から一枚の紙きれを出して、俺の顔の前で広げた。


 見ると、女帝様直筆の何かの許可証のようだが、字体がオシャレすぎてなんて書いてあるのか読み取れない。書道家の達筆すぎる草書が読めないのと同じだ。公式文書用のフォントなん、これ?


「なんですか、これ?」

「ふっふーん。これはですねえ、なーんと! 修学旅行中の緊急の場合にのみ、僕が呪術を使ってもいいという特別の許可証なんですよ!」

「へえ……」


 よくもまあ、あんなクソみたいな術を使う許可出しやがったな、あのロリババア。


「ただ、使えるのは 始原の観測者アビスゲイザー・ケイオスだけなんですけどね」

「なんでまたピンポイントでその術だけなんですか?」

「その術だけは、僕は今のところ誰にも迷惑をかけたことがないからですね」

「なるほど……」


 確かに、痛みと引き換えに局地的にレーザーぶっぱなす術なら、そこまで誰にも迷惑はかけられねえか。視覚認証でターゲットロックオンシステムだから、誤爆もしようもないし。


 つか、それ以外の術は、もれなく誰かに迷惑かけたことあるんかい、お前……。


「この術の使用許可がおりたのは、ひとえにトモキ君のおかげです。トモキ君との戦いで使われた術を陛下が改めて検証された結果なんですから。本当に、その節はお世話になりました」

「そ、そう……」


 正直、あの夜のことは思い出したくないんだが。勝ったとはいえ、こいつの呪術がエグすぎて悪夢そのものだったんだが。


「まあ、そういうわけなので、ベルガドにいる間に僕の始原の観測者アビスゲイザー・ケイオスが必要になった時は、ぜひお声をかけてくださいね! ぜひぜひ!」


 押しつけがましくそう言うと、リュクサンドールは足早に去って行った。あの様子じゃ、ほぼ全員の生徒に同じことを言って回っているのだろう。何の営業だ。


 やがて船はベルガド唯一の港町、クルードに到着した。


 下船する直前、俺たちは全員甲板に集められ、この修学旅行の総責任者である理事長、エリーからある禁則事項を告げられた。


 それは俺こと、トモキ・ニノミヤ君が伝説の勇者様であることは、ベルガドの人たちに絶対に教えてはいけないということだった。無用の混乱を招くことになるからだという。


 そうか、ベルガドでは俺はただの一般人に戻れるんだな。俺は、エリーの気づかいに感謝した。さすがに行く先々で勇者様勇者様と騒がれていては、「ベルガドの祝福」とやらの探求もしづらいからな。ありがとう、エリー!


 ただ、俺の中のそんな感謝の気持ちは、船を降りてホテルについたところで消えた。


 その入り口に置いてある看板にはでかでかと、「歓迎! 伝説の勇者アルドレイとドノヴォン国立学院御一行様」と書かれていたからだ……。

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