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メイド長に適当な服を着させてもらうと、リュクサンドールはそのまますぐに家に帰ってしまった。
「じゃあ、今度こそ僕はおいとましますねー」
よほど早く帰って本が読みたいのだろう、屋敷の二階の窓から直接闇の翼を広げて飛び出して行っての直帰だった。残された俺たちも、すぐに寄宿舎に帰ることになった。もうこの家にいる理由はないしな。なお、フィーオは案の定屋敷の片隅で爆睡していたので、俺が肩に担いで帰ることになった。重いぞ、デカ女め。
「今日はみなさん、本当によく来てくださいました」
屋敷を出る直前、ルーシアは俺たちに言った。すでにその恰好は下着姿ではなく、普通の部屋着だと思われるシンプルなワンピース姿だ。
「特にトモキ・ニノミヤ君。いえ、伝説の勇者アルドレイ様。今日のあなた様のお気遣いには、本当に感謝しています」
ルーシアは俺ににっこり笑いながら言った。イヤミではなく、本当に感謝しているような雰囲気だった。
まあ、ネムのおかげで、あの男は本を持ち帰ることができたわけで、それで結局この女の満足する結果になったみたいだからなあ。
「そりゃ、どうも」
内心イライラしたが、とりあえず平静を装ってそう答えると、俺たちはその女の前から立ち去った。
そのまま四人(一人はただの荷物だが)で並んで歩いて、寄宿舎のほうに戻る――が、
「トモキ、俺は課題が残っているので先に部屋に戻る」
そう言って、ヤギは単身、男子の寄宿舎のほうに駆けて行ってしまった。
あいつ、まさか俺に気を使って? 実質ユリィと二人きりになってしまって、ちょっとドキドキしてきちゃった俺だった。まあ、ただ寄宿舎に帰るだけなんですけどね。
「お、俺たちも行こうぜ」
「はい」
とりあえず、そのまま歩き出した。肩の荷物は相変わらず重かったが、完全に熟睡しているようなのはありがたかった。
「……そういえば、夜の街をこんなふうにトモキ様と出歩くのは初めてですね」
ふと、ユリィが言った。魔法の街灯に照らされたモメモの街を物珍しそうにながめながら。
「初めてっていうか、お前はそもそも、俺に会うまでろくに外に出たことなかったんだろ」
「ああ、そうですね。トモキ様と出会ってから、わたしはようやく外の世界を知ることができた気がします。ありがとうございます」
「いや、唐突に感謝されてもだな……」
困る。つか、なんか胸がもにょもにょして、恥ずかしいんですけど!
「あと、今日は初めて、同じ年ごろの女の子の家に遊びに行くことができました。これも、トモキ様がお声をかけてくださったおかげですね」
「初めて遊びに行った級友の家があんなのでよかったのかよ」
俺は笑ったが、
「はい。みなさん、ルーシアさんのことをとても大切に想っている、すばらしいご家族でした」
ユリィは無垢な笑顔で言う。冗談ではなく、本心からそう思っているようだ。
「まあ、大切に想われてはいたよな……」
めっちゃ暴走気味でしたけどね。ルーシア本人から嫌われるほどに。
「あと、ルーシアさんが亡くなったお母さんのことを、今でも大切に想っていることがわかって、すごく親しみを感じました」
「親しみ、か」
そういえば、ユリィも子供のころ母親を病気で亡くしてるんだっけ。だから、同じ境遇だとわかって、親近感がわいたわけか。
ただ、あいつとユリィには決定的に違うところがある――。
「わたしもあんなふうに、亡くなる直前のお母さんと何か大切な話をしたんでしょうか」
ふと、ユリィはさみしそうにつぶやいた。そうだ、ルーシアと違って、ユリィには母親の記憶がろくにないんだ。
それがなぜなのかは、俺にはさっぱりわからない。ユリィ本人は、母親を亡くしたショックで記憶が飛んでいると理解しているみたいだが、エリーの話だとどうもそうでもないみたいだし。俺としても、気になることではある。
ただ、あの鎖の変態術師に聞いても素直に話してくれるとは思えないんだよな。レーナの武芸大会の裏事情もぎりぎりまで話しやがらなかったし。それに、必要なことならとっくの昔に俺に話してることだろうし。
「気にするなよ。このあいだ少しは思い出せたんだから、時間がたてばきっと……」
ユリィがしょんぼりしているようなので、思わず声をかけた。落ち込んでいるこいつの姿は、やはり見たくない。
「……ありがとうございます」
ユリィはふたたび笑った。そして、ふと、俺の空いているほうの手をぎゅっと握ってきた。
え? なんでいきなりこうなるの? 意味わからんけど、めっちゃうれしいんですけど! はわわ……ユリィの手、あったかくてやわらけえ……。お肌の感触も、俺と違ってすべすべだ。
「今の私が思い出せるのは、お母さんの手の感触だけです。だから、トモキ様の手の感触も覚えておいた方がいいかと思って……」
「そ、そうね! どんなメモリーも大切だよね!」
ドキドキして声が裏返ってしまった。うわ、俺氏、超かっこわるぅ。
「寄宿舎につくまで、こうしてていいですか?」
「お、おう!」
俺は全力でうなずいた。
それから、俺たちは手をつないだまま、夜の街を歩いて寄宿舎に戻った。俺は胸がどきどきして、ろくに何も話せずほぼ無言だった。ユリィの顔もまともに見れなかった。ただこの幸せな時間が一秒でも長く続くように、寄宿舎までの距離がもっとあればなあと、少女漫画のヒロインみたいなことを考えていただけだった。
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