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「ルーシア様、さきほどからのお話、すべて聞かせていただきました。この家を出るとは、なんと愚かなことをお考えですか!」


 メイド長は叱責するように強い口調で言うが、


「あなたには関係ないことです」


 ルーシアは聞く耳を持たないようだ。


「そうですね。たかがこの家の使用人にすぎないわたしくめの言葉など、ルーシア様が聞かれる必要はございませんでしょう。ですが、今一度、思い出されてみてください。亡きお母上のフローリア様が遺されたお言葉を」

「お母様の……」


 ルーシアはとたんに、はっとしたように目を大きく見開いた。


「わたくしの記憶が確かであれば、フローリア様は病で亡くなる直前、ルーシア様にこう言われましたね。『お父さんもお兄ちゃんもあんな感じだし、ルーシア、あなただけがこの家の希望だわ……』と」

「ええ、そうですね。お父様とお兄様がこんな感じであることを、お母様は何よりも気がかりにされておいででした」


 ルーシアは足元に無様に転がっている父と兄を、侮蔑しきった眼差しで見ながら言った。なるほどなあ、男二人がこんな感じなら、母親も不安だよなあ。おちおち病気で死ねんわ。


「フローリア様は、カセラ様やレクス様と違ってしっかりされているルーシア様を何よりも心の支えにされていました。この家を守れるのはルーシア様以外いないとお考えになっていたようです。それなのに、ルーシア様はそんなお母上のお気持ちを無視して、この家を出られるというのですか!」

「そ、それは……」


 ルーシアは強い動揺をあらわにした。おお、効いてる効いてる! さすメイド長。


「で、でも! 私はもう、こんな感じのお父様とお兄様とは、一緒に暮らしたくありません!」

「そこは耐えるのです、ルーシア様。お二人が今、こんな感じでも、五年後十年後もそうとは限りません。今よりもうちょっとはマシになっているかもしれません」


 なんかもう、ストレートにひどい言われようだなあ、父と兄。


「ル。ルーシア、私が悪かった。もうお前の使用済みの衣服や食器を部屋に持ち込んで舐めたりにおいをかいだりはしないから、父を許してくれ……」

「私も、お前が入ったあとの風呂の湯を腹いっぱい飲むのはもうやめる! だから、兄を許しておくれ!」


 カセラとレクスが、それぞれ懺悔し始めた。二人とも、そんな気持ち悪いことしてたのかよ。


「……二人の言葉を信用するわけではありませんが、お母様の言いつけは守らなくてはいけませんね」


 と、そこでルーシアはようやくこの家を出るのをあきらめたようだった。やったあ。これでこの女の「貧しくても自分らしい幸せな人生」を阻止することができたぞ。俺、ほとんど何もしてないけど。


「あ、ルーシア君、もしかして今からでは僕の部屋には来れない感じですか?」


 と、相変わらず状況がよくわかっていない裸の男が何やら言った。


「はい、先生。すみません。私は今は、家を出ることはできないようです」

「そうですか。なら、もっと明るい時間に僕のお部屋に来てはどうでしょう? この本ならいつでも読めますしね」

「あ……そうですね!」


 とたんに、ルーシアの顔がぱっと明るくなった。


 そうか、あの本はいわばこの女がリュクサンドールに会うための口実。それが、リュクサンドール自身の手に渡った今、この女はいつでもリュクサンドールの部屋に行くことができるってわけか。くそっ、これじゃ結局、ルーシアのやつ、それなりにハッピーな結果になっちまったじゃねえか! 何のために俺が今日ここに来たのかわかりゃしねえぜ!


「じゃあ、いつでも気軽にいらしてくださいねー」


 リュクサンドールはルーシアににっこり微笑みかけ、廊下の向こうへ去って行く――が、


「お待ちください! 帰られる前に何か服を着てください!」


 メイド長がそんなヤツにあわてて声をかけた。

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