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 予想通り、変化はすぐに現れた。


「アッハ、なるほドー。これが伝説の勇者様の聖剣ですカイ?」


 と、俺から手渡された聖剣(?)を受け取ったカセラの目つきはひたすらあやうい。この様子じゃ、俺の狙い通りにネムに体を乗っ取られた感じか。しめしめ。


「カセラさん、どうですか? その剣であそこの邪悪な男を倒せそうですか?」

「そうですネー。素晴らしい剣であることには違いなさそうですが、モンスターと人間とのハーフのウスラトンカチ☆ティーチャーを斬りつけるのには向かない感じですかネー? 人間が混じってるのが非常にアカンですネー」


 自画自賛しながら、リュクサンドールを拒絶するネムだった。確か、ダンピール・プリンスは人間混じってるからネムは食えないんだったな。


「へえ、じゃあ、あの男をどうするつもりなんですかい、カセラさん?」

「そりゃー、モチのロン、決まってますヨ? あんな食えない男は、こっから追い出すに限る!」


 と、目つきのおかしい中年オヤジは、手に持つ聖剣で近くの全裸男をさして言う。


 おお、そうか。あいつをこの場から追い出してしまえば、この事態は丸く収まるし、ルーシアの今日の目論見も完全におじゃんになって、円満解決だな。さすがネム。冴えてるぅ!


「というわけで、そこの裸のウスラトンカチ、今すぐこの家から出て行ってクダサーイ」

「え? でも僕、まだこの本を読んでる途中で――」

「それぐらいテメーにあげますし? 遠慮なく持って帰ってドウゾ」

「本当ですか! ありがとうございます! ならすぐ帰ります!」


 リュクサンドールはたちまち満面の笑顔になった。マジでこいつ、暗黒魔法の本以外どうでもいいらしい。


 よし、これでこいつは帰るし、俺は二人の男に絡まれずに済むし、ルーシアはリュクサンドールに帰られて悔しい思いをするしで、万事解決! ふふ、快刀乱麻を断つとはまさにこのことだぜ。


 と、俺は内心ほくそ笑んだわけだったが……、


「ちょっと待ってください! 今のお父様の発言は、お父様自身の意志によるものではありません!」


 ルーシアが、本を持って部屋を出ようとする全裸男の前に立ちふさがった。


「お父様は今、そこのトモキ君に手渡された剣に体を乗っ取られ、心を支配されている状態なのです。したがって、今の、本を譲るという発言は無効です!」


 ルーシアはそう叫ぶと、リュクサンドールの手から素早く本を奪い取った。


「ああっ、いきなり何を!」


 リュクサンドールは一瞬強くショックを受けたようだったが、


「こ、これはもう僕のものなんですからねっ!」


 そう言うと、背中から闇の翼を出し、それを超素早く動かして、ルーシアの手から本を取り返してしまった。こういう使い方もできるんかい、こいつの闇の翼。


「先生、今の私の言葉が聞こえなかったのですか。父はあの剣に操られて、心にもないことを言っているだけなのですよ」

「そんなことはないはずです。ルーシア君のお父さんの、僕にこの本をあげたいという気持ちは確かに感じましたよ!」


 リュクサンドールは本への執着のあまり意地になっているようだ。本を両手で胸に抱きかかえ、必死に奪われまいとしている。全裸なんだからせめてそれで股間でも隠せよ。


「何を言っているのですか、先生! あの父の目つきといい、話し方といい、明らかに先ほどまでの父とは別人ではないですか!」

「そうですか? さっきまでと様子が違うようには見えませんけど?」

「え」

「最初からあんな感じだったでしょう、ルーシア君のお父さんは」

「デスヨネー」


 と、リュクサンドールの言葉にうなずくネムだった。いや、どう見ても別人だろ。


 しかし、リュクサンドールはガチでそう思ってるのか、あるいは本が欲しいがゆえにそういう主張で通すつもりなのか、


「とにかく、僕は絶対にこの本を持って帰るんですからねっ!」


 一歩も譲らない構えだ! さっきまで間抜け面でぼーっと立っていただけのくせに、急に自己主張し始めやがって。そんなにその本が欲しいのかよ。


「い、いや、どう見ても父はあの剣に体を支配されているでしょう! そうですよね、お兄様?」

「え?」


 と、急にルーシアに話を振られたレクスは戸惑ったようだったが、


「そ、そうだな……。父上は普段からこんな感じだったかな……」


 リュクサンドールを家から追い出したいがゆえに心にもないことを言ったようだった。よしよし、さすが妹想いのバカ兄貴だ。


「お兄様、なにを言っているのですか! 今のお父様はどう見てもおかしいでしょう!」

「ノンノン、ワタシは極めていつも通りで、平常運転ですヨ? あなた以外の、ここにいるすべての男たちはみんなそう思ってますヨ? ネー?」


 と、ネムは俺とリュクサンドールとレクスに同意を求めてきた。俺たちはいっせいに「ですよねー」と答えた。ユリィだけは無言で困惑しているようだったが。


「く……!」


 ルーシアは悔しそうに歯ぎしりしながら俺たちをにらんだ。フフ、いいね、その顔! 俺ちゃん、お前のそういう顔が見たくて、この家に来たんだからあ。


「じゃあ、そういうわけなんで、僕はこの本を持って帰りますねー」


 リュクサンドールは再び本を持って部屋を出ようとした。


 と、そこで、


「待ってください、先生! 帰るのでしたら、私も一緒に行きます!」


 なんと、リュクサンドールについていく気マンマンのルーシアだった……。

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