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「ルーシア、その男と一緒に行くとはどういうことだ?」


 レクスは血相を変えてルーシアに尋ねた。


「決まっています。彼と一緒にこの家を出るのです。もう二度と、この家には戻らない覚悟で!」

「家に戻らない覚悟だと!」


 ルーシアの答えにますます顔を青ざめるレクスだった。


「そ、それはつまり、このラッシュフォルテ家と縁を切るということか?」

「はい。今この瞬間から私はルーシア・ラッシュフォルテではなく、ただのルーシアという娘になります!」


 ドきっぱりと絶縁宣言するルーシアだった。


「そんな……駆け落ちだなんて……」


 もはやレクスはショックのあまり石膏みたいな顔色になっている。まあ確かに、気持ちはわからんでもない。よりによってあんな男のために家を出るのかよ。


「ばかなことを言うんじゃない! お前のような世間知らずの若い娘がいきなり家を出たって、まともに暮らしていけるわけはないだろう!」

「学院をやめて仕事を探せば問題ないでしょう」

「仕事だと? ま、まさかいやらしい仕事をするつもりか! それならお前のような世間知らずの若い娘のお前でもできそうだからな! しかし、男を食わせるためにお前がそんな仕事に身をやつすなんて……私はその店に通うしかないじゃないか!」


 と、何やら桃色妄想し始めるレクスだった。通うって何だよ。


「まあ確かに、この私なら、そういうお仕事ならすぐに見つかりそうですね。この私なら」


 兄の妄想に、何やら得意げに答える妹だった。ルックスには自信あるのか、こいつ。


「しかし、今はそう不景気で厳しい時代でもないのです。多少収入はさみしくても、健全なお仕事はいくらでもあるでしょう。自分を切り売りするのは愚かな女のすることです」

「ちょ……待て! なぜお前はそんなにも具体的に、この家を出た後の生活をイメージできてるんだ! この家を出るということは、今の余裕のある暮らしを捨てるということなんだぞ! 男と二人の貧乏暮らしの何がいいんだ!」

「今の生活に比べれば格段にいいに決まっています」

「よくはないだろう! お前はいったい、今の生活の何に不満があるというんだ?」

「何に不満、ですって……?」


 ルーシアはふと、心底不愉快そうに眉根を寄せ、足元に転がっている破壊された扉を見下ろした。


 そして、


「それは、ご自身の胸に聞いてみるといいんじゃないかしら、お兄様!」


 と、ひときわ強い口調で兄に言った。


「え、私の胸に? 何を?」


 しかし兄は妹の言葉に不思議そうに首をかしげるだけだった。


「私も父上も、お前にはとてもよくしてるじゃないか――」

「それが私にとっては何よりの不満なんですよ、お兄様!」


 と、叫ぶや否や、ルーシアはいよいよ我慢ができなくなったように、いきなり兄に歩み寄り、その顔に平手打ちした。


「ぐあっ!」


 レクスはとたんによろめいた。


 すると、ルーシアはさらにその無防備になったボディに腹パンし、さらにさらにその横腹に回し蹴りを叩きこんだ。流れるようなきれいな格闘コンボだ。


「ぐ……」


 レクスは白目をむき、床に倒れ込んだ。


「私は常々、お兄様とお父様のことを不快に思っていました。いっそ、死んでくれたらいいと思うほどに」


 ぐりぐり。ルーシアはそんな兄の顔を踏みつけながら冷ややかに言い放つ。


 なるほど。こいつは、シスコンすぎる兄と親バカすぎる父親には心底うんざりしてたんだな。裕福な暮らしを捨ててまで縁を切りたいと思うほどに。


「ル、ルーシア、実の兄をそのように踏みつけるとは実にけしから……ああ、いい!」


 と、何やらルーシアの脚の下で恍惚の表情になるレクスだった。うーん、実の兄がこれじゃあなあ……。


「あ、もしかして、ルーシア君もこの本に興味があるんですね。それで僕の部屋で一緒に読みたいんですか?」


 裸の男は、やはり何一つこの状況を理解していないようだったが、


「はい! 私、先生のお部屋で一緒にその本を読みたいです!」


 ルーシアはそれでもよさそうだった。とにかく、今はこの男と一緒にこの家を出れればいいらしい。


 しかし、駆け落ちとはまた穏やかじゃねえな。しかも、この女にしてみれば、それはそれで満足な結果になるみたいじゃねえか。そんなの、俺がこの家にやってきた目的とは反するぞ。俺はあいつが悔しがる顔をするのが見たくてこの家に来たんだからな。


「おい、なんとかあの女を止めろよ」


 俺は近くの目つきのおかしい中年オヤジに耳打ちした。


「アッハーイ? では、このデバイスをワタシから解放するのが早いですかネー?」

「ああ、そうだな。実の父親の言葉ならあいつも聞くかもな」


 とりあえず、ネムを中年オヤジの手から取り上げた。

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