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 屋敷に入って階段を駆け上がり、ルーシアの部屋の前まで戻ってみると、破壊された扉のすぐ近くにユリィが立っていた。もしかしてずっとそこにいたのか。ただ、フィーオはいなかった。どこかの部屋で寝てるんだろうか。俺はユリィと軽くアイコンタクトをして、ルーシアの部屋に入った。


 すると、


「おお、あなた様は伝説の勇者様! よいところにまいられました! 実は娘の部屋に邪悪な男がわいて現れまして!」

「ぜひ伝説の勇者様に退治していただきたいのです!」


 カセラとレクスがたちまち俺に懇願してきた。なぜ出会い頭にそんなこと頼んでくるんだ、こいつらは? 庭にスズメバチの巣ができたから業者呼ぶような感覚なのかよ。


「悪いが、それはできない」


 俺はきっぱりと断った。めんどくせーし、こいつらのためにそんなことする理由ねえからな。


「え、なぜですか? あんなにも邪悪な男が目の前に立っているのに?」


 二人は異口同音に言いながら、近くの全裸の男を指さす。いちいち理由を説明しなきゃわかんねえのかよ。マジでめんどくせーな、もう。


「なんでって、そりゃこういう家庭内の問題はまず家庭内で話し合って解決するべきだからだろ。民事不介入とか、そういうような話――」

「ああっ、わかったぞ! 貴様、勇者様の名をかたるニセモノだな!」


 と、レクスがいきなり失礼極まりないことを言いやがった。ムキーッ! 誰がニセモノ勇者ですって!


 しかし、ここはそういうことにしたほうが断りやすいかと考え、抗議したいのをぐっとこらえた。


「はは、バレちまったらしょうがないなー。そうそう、俺ってば実は勇者の名をかたるニセモノ野郎――」

「いいえ、その人は本物の勇者様です!」


 と、後ろから声が聞こえた。振り返ると、ユリィが俺のすぐ後ろのに立っていて、俺をニセモノ勇者呼ばわりしたレクスを、むっとした顔で見ていた。


「わたしはちゃんとこの目で見たんです。彼があの竜を倒すところを。それに、この間、学院にモンスターが現れたときも、彼はみんなを守るために戦ってくれたんです。その人は、間違いなく伝説の勇者様です!」


 ユリィにしては、妙に強い口調だった。もしかして、こいつ、俺がニセモノ呼ばわりされたから怒ってるのか? お、俺のために怒ってくれるなんて……えへへ。


「学院にモンスターが現れたとき、彼が生徒たちを守った? その話は本当か、ルーシア?」


 レクスは妹に尋ねた。


「……まあ、そうですね」


 ルーシアは不機嫌そうに眉をぴくぴくさせながらも兄の言葉にうなずいた。こいつはおそらく、リュクサンドールのラッキースケベ以外の今のこの状況全てにイラついている。


「では、間違いなくあなた様は伝説の勇者様! やはりあの邪悪な男を倒せるのはあなた様しかいない!」


 再び俺にすがってくる二人の男だった。だから、それさっき断ったでしょ!


 と、そこで、ユリィがまた口を開いた。


「待ってください。勇者様は、最近はリュクサンドール先生のお部屋に通っていて、個人的にお世話になっているんです。だから、お二人が戦う理由はないはずなんです」

「個人的に『お世話になっている』、だとう!」


 と、そこで二人の男たちは全裸男の下半身をちらっと見て、「個人的に『お世話になっている』だとう!」と、繰り返した。なんだよその視線とリアクション。その男の下半身はまったく関係ない話なんだが!


「その話は本当か、そこの邪悪そうな男!」


 二人はさらに全裸男に尋ねた。


「あ、はい。そうですね。トモキ君には最近大変お世話になっていますよ。特に、この間の新月の夜は、僕はトモキ君のおかげで、とても幸せで満ち足りた時間を過ごすことができました」

「男二人で夜に幸せで満たされた! だとう!」


 二人の男たちはいよいよ誤解を深めたようだった。なぜよりによってそういう言い方をするんだ、そこの全裸男。


「な、なんということだ、ルーシアだけではなく、伝説の勇者様まですでにそこの男に篭絡されているとは……」

「そのように深い間柄では、もはや成敗をお頼みするどころではない……」


 まあ、誤解はともかく、俺に頼みごとをする気は失せたみたいだからいいか?


「こうなったら、もはや陛下にお頼みするしかない! 陛下の神聖魔法であれば、いかな邪悪極まりない男とはいえ、完全に浄化していただけるはず!」

「いえ、父上。実はそこの男は陛下とも強いつながりがあるようで」


 と、カセラの言葉に、レクスがツッコミを入れた。


「陛下に成敗をお頼みするのは難しいかと……」

「な、なんということだ! それではもはや、誰の力も借りることはできないではないか!」


 カセラはその場にがっくりと膝を落とし、さらに床を拳で強く叩いた。


「くうう……! やはりここは私自身がやるしかないのか! しかし悔しいことに、今の私には魔剣がない! 魔剣があれば! あの邪悪な男を斬れる魔剣があればっ!」


 なんか巡り巡って最初に戻ってしまった。そういえばそういう話でしたね。


 まあ、魔剣ならないこともないが……ないが? んん? 俺はそこで、この混迷しきった事態を収拾できる唯一の方法に気づいた。


「ああ、カセラさん。魔剣ならちょうどここにありますよ」


 俺は左手につけていた籠手を手から外した。それはたちまちこの場の空気を読んで、聖剣の形になった。


「どうぞ、使ってください」


 俺はそれをカセラに手渡した。

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