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「えっ! あの殿方は人間ではなくモンスターなのですか!」
メイドのおばさんはリュクサンドールのことをほとんど何も知らなかったようだ。俺がその基本情報を話したとたん、驚きの声を上げた。
「な、なぜモンスターが人間の学校の教師をしているのですか! おかしいではないですか!」
「だよなあ」
ようやくその件に関して常識的なツッコミが得られた気がする。
「ただ、あいつがモンスターだってことは女帝様も知ってることだから、あえてそうしてるんだろう」
「ああ、なるほど。陛下は大変慈悲深いお方です。たとえ人間ではなくても、むやみに迫害せずに能力に応じた職を与えるというやり方なのでしょうね」
「まあ、そんなところだろ」
実際あいつを飼ってるのはただの遊び心だと思うけどナー。
「そういえば、陛下の愛馬はユニコーンでしたね。ユニコーンといえば、神聖なモンスターの代表のような存在。おそらくはあの殿方もユニコーンと同じくらい神聖なモンスターなのでしょう。陛下のご寵愛を賜っておいでなのですから」
「いや、神聖とは真逆のモンスターだぞ、あれ」
「ま、真逆?」
「あいつ不死族だからな。暗黒属性の塊みたいなやつ――」
「ああっ、なんということでしょう!」
メイドのおばさんは今度は急に真っ青になってその場にへたりこんでしまった。他の使用人たちが「メイド長、しっかりしてください!」と、そんなおばさんに手を差し伸べた。へー、メイド長なんだ、この人。
「そ、そんな……ルーシア様が懸想されているのが、よりによって穢れた不死族の男だったなんて! 邪悪の権化のようなモンスターではないですか!」
「あ、はい」
異論は一切ないでござる。
「い、いや、陛下がご寵愛されているのですから、たとえ不死族だからと、邪悪と決めつけるべきではないのかもしれませんね? きっと、ああ見えて、とても善良で誠実な方――」
「いや、あいつ普通に前科あるぞ。ご禁制のやべー術の研究にハマってて、過去に何度も死刑になってるらしいからな」
「むしろ邪悪そのものではないですか!」
メイド長はまたしてもその場にへたり込んだ。あの男の正体がよっぽどショックなようだった。
「いったいなぜ、ルーシア様はそのような邪悪なモンスターに心を奪われて……」
「なんでやろうなあ」
男の趣味が悪いとしか言いようがない。
「ああ、わたくし、わかりました! あの男の赤い目、あれは吸血鬼のそれでは?」
「そうだな。あいつは確かにそんなようなもんだな」
正確には吸血鬼ハーフだが、このババア、相変わらず鋭いな。
「では、きっとルーシア様は、あの男に吸血鬼の魅了の魔法を使われているのでしょう」
「いや、それはないから」
そんな魔法使えないしな、あいつ。
「そもそも、ルーシアが一方的に熱を上げてるだけで、あの男はルーシアのことをなんとも思ってないはずだぞ」
「そ、そんな……。最低の相手を選んだばかりか、その相手には特に何も想われていないなんて、ルーシア様がみじめすぎるではないですか!」
メイド長はついに泣き始めた。気持ちはわからんでもないが、それを俺にぶつけられても、その、困る。
「まあ、そういうわけだから。あとはあんたから直接ルーシアに話すんだな。あんな男やめとけってさ」
俺はそう言うと、しゃがんで泣いているメイド長の横をすり抜け、再び食堂の方に向かった。
だが、そこで、
「お待ちください、勇者様!」
と、またしても俺の前に回り込んでくるメイド長だった。
「なんだよ、まだ何かあるのかよ?」
「はい。伝説の勇者様であるあなた様に、ぜひお頼みしたいのです。勇者様のほうからも、ルーシア様にぜひおっしゃってくださいまし。あんな男は絶対におやめなさいと」
「なんで俺が……」
「世界を二度もお救いなさった勇者様だからです! その尊いお言葉なら、ルーシア様の心にもきっと響くでしょう」
「いやいやいや、それはねーから!」
あいつ、俺のことめっちゃ嫌ってるし。
「何をおっしゃいますか。偉大なる勇者様のお言葉に耳を貸さない乙女など、この世にいるはずございません。なんでしたら、いっそルーシア様を誘惑されてみてもよいかと……」
「え、俺があいつを口説くの?」
「はい! ようはルーシア様があの邪悪な男への関心を失えばよいのです。そのために、勇者様が自らルーシア様を誘惑されるのです。もちろん、勇者様がルーシア様を真に愛される必要はございません。ルーシア様が勇者様になびいたところで、適当に別れ話を切り出せばよろしいかと思われます」
「いやいやいや! そのプランはもっとねーから!」
あの女を手玉に取るとか、難易度高すぎなんですけど!
「とにかく! 俺はあいつらとは一切関係ないし、あとはお前たちだけでなんとかしろよ!」
俺は声高に叫ぶと、今度は前に回り込まれないように超素早く前に飛び出し、食堂に戻った。
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