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食堂に戻ってメシを食い終えると、ついにお待ちかね?の暗黒魔法の本のお披露目タイムになった。俺たちはそろって食堂を出て、本を置いているというルーシアの部屋に向かった。二階の奥にある部屋だった。
しかし、いざ部屋の前まで来たところで、ルーシアはいきなりこう言うのだった。
「実は、今からお見せするロードン暗黒魔術大全第二巻には、特別な封印魔法がかけられているようなのです。なので、安全のためにまずは専門家であるリュクサンドール先生にだけ目を通してもらうことにします」
そして、そのままリュクサンドールだけを部屋に引き入れ、自分と二人きりになったところで、扉を閉めてしまった。
ガチャリ。直後、カギをかける音が聞こえた……。
「お、おい? 特別な封印魔法ってなんだよ?」
意味が分からんので廊下から扉を叩いたが、中から返事はなかった。というか、叩いた感じ、ものすごく分厚く頑丈な扉のようだった。音も完全にシャットアウトされているような。
「なんだよ、いきなり俺たちを廊下に放置とか、感じ悪いにもほどがあるだろ」
ぶっ壊しちゃおうかな、この扉。でも、さすがそれはまずいかあ。勇者といえば、人の家に勝手に上がり込んでタンスをあさったり壺を割ったりするのはデフォで許されている特権だけど、扉を破壊するのはちょっと違うよなあ、うーん?
「ルーシアさんは先生と二人きりになりたいんですよ。そっとしておいてあげましょうよ」
と、そんな俺にユリィが言った。
「いや、だからこそ邪魔しなくちゃいけないんだろ。教師と生徒が密室で二人きりとか、不健全にもほどがあるだろ!」
俺は力いっぱい反論した。そうだ、俺は今日、そのためだけにここに来たんだ!
と、そのとき、メイド長が俺たちのもとに駆け寄ってきた。
「勇者様、ご安心ください。わたくし、ルーシア様のお部屋の合鍵を持っておりますので」
メイド長も俺と全く同じ気持ち、そう、二人の仲を邪魔したい気持ちでいっぱいのようだった。なんという力強い仲間だろう。
「じゃあ、さっそく鍵を開けてくれよ」
「はい、少々お待ちを……ああっ」
と、メイド服のポケットに手を入れた直後、メイド長は素っ頓狂な声を出した。
「なんということでしょう。わたくし、いつもここにこの家のすべての合鍵を入れて持ち歩いているのですが、今日はなぜかないようなのです」
「どっかに置いてきたのかよ」
「いえ、今日もちゃんとここに入れたはず……あ、この香りは!」
と、メイド長はメイド服のポケット付近の生地をつかんで、鼻におしつけ、クンクンしはじめた。
「この香りは、ルーシア様が普段使っている香水のにおい! つまり、ルーシア様が、わたくしの服のポケットに手を入れて鍵を盗んだということですわ!」
さすが鋭いメイド長。香水の残り香で、犯人を特定しやがったぞ。
「でも、あいつはなんであんたのポケットから鍵を盗んだんだ?」
「それはもちろん、自室であの邪悪な男と二人きりになったところで、誰にも邪魔されないようにするためでしょう。用意周到なルーシア様らしいお考えです」
うむ、動機もばっちりだな。
「じゃあ、やっぱりこの扉を破壊して強行突破するしかねえなあ?」
俺は制服の袖をまくった。
だが、そこで、
「お待ちください。扉を破壊するよりも、庭から窓の方へ回り込んだ方がいいでしょう。わたくしがご案内します。こちらへ」
メイド長はそう言って、階段の方に歩き始めた。俺はすぐに後を追った。ただ、ついてきたのは俺だけだった。ユリィは困ったような顔をしてその場に立ち尽くしていたし、フィーオは「おなかいっぱいになって眠-い」と言って、しゃがみ込んでいたし、ヤギもその場から動かなかった。まあいい、俺一人でもあいつらの邪魔はできらあっ!
やがて俺はメイド長と一緒に庭に出て、ルーシアの部屋のすぐ下まで行った。すでに日は完全に落ちていたが、庭には無数の照明が灯っていて、それなりに明るかった。
「あちらの窓からなら、部屋の中がうかがえるはずです」
メイド長は二階にあるルーシアの部屋の窓を指さした。俺たちが立っているところからは十メートルくらいは高いところにありそうだった。
まあ、これぐらいの高さ、俺にとっちゃどうってことないけどな!
俺は垂直にジャンプし、その二階の窓の枠に飛びついた。そして、そのまま片手懸垂の要領で体を引き上げ、窓ごしに室内の様子をうかがうと――確かに二人がそこにいるのが確認できた。今のところは普通に本を読んでいるだけのようだ。部屋の中央のローテーブルに本を置き、その正面にリュクサンドールが座って熱心に本のページをめくっている。ルーシアはその隣に立って、何かそわそわしているような様子だ。
「……ところで先生、お飲み物はいかがですか?」
と、ルーシアがそこで近くの台に置かれていた瓶を取り、リュクサンドールの目の前に置いた。なんだろう?
「これ、もしかしてお酒ですか?」
「はい」
なんと、あの女、やつを酔わせる気らしい!
「はあ。お気持ちはありがたいんですが、僕は人間ではないので、こういうお酒を飲んでも酔わないんですよ」
「ああ、実はこのお酒、不死族の方でも酔えるように特別に作られたものなんですよ」
しかも不死族専用のお酒ですって!
「へえ、すごいですね。どうしてそんなお酒がルーシア君のお部屋にあるんですか?」
「家同士のお付き合いで、たまたま手に入ったので」
「なるほど、たまたまですかー」
リュクサンドールは何一つ疑ってない様子だ。アホかよ。どう考えても、お前を食うために、この女が特別に用意したに決まってるだろうがよ。
「味もすごくいいと評判なんですよ。ぜひ一杯お飲みください」
ルーシアは近くに置いてあったグラスに、瓶の中身をなみなみと注ぎ、リュクサンドールに手渡した。
「では、お言葉に甘えて」
ごくごく。一気に酒をのどに流し込む男だった。
そして、
「あ、これ、本当においしいですね!」
すごく気に入った様子だ。
「先生、よかったらもう一杯いかがですか」
「はい、お願いします」
がぶがぶ、がぶがぶ。ルーシアがすすめるままに、酒を飲み続ける男だった。
やがて、その顔はほんのり赤くなり、
「うわあ、なんだか目が回ってきましたねえ」
完全に酔ったようだ……。
「先生ったら、なんだかすごくだらしない顔になってますね、うふふ」
ルーシアはそんなやつの肩にもたれかかり、妖しく微笑んだ。
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