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それから三十分ぐらいたったのち、俺たち用の夕食が食堂に運ばれてきた。大急ぎで作られた簡単な料理ばかりのようだったが、いずれもおいしそうだった。ヤギも庭から呼び戻された。席も、ルーシア達のすぐ近くに変えてもらった。よし、これからみんなで楽しくディナータイムだ。
「うわー、ルーちんのおうちのご飯って、すごくおいしいね! ありがとうルーちん!」
何一つ察してなさそうなフィーオは、遠慮なく料理を食いまくっていた。お菓子でいっぱいのはずのお前の腹はどうなっているんだ。
「そうですね。やっぱり食事はみなさんで楽しくとるのが一番ですね」
呪術オタも似たようなもんだった。こいつにはやはりルーシアの気持ちなんて微塵も伝わっていないのだろう。というか、そもそもこいつ、誰かと恋愛できる生き物じゃないような。明らかに恋愛という概念が存在しない世界に生きてるよな?
「あの、今日はわざわざありがとうございます」
ユリィは、いかにも申し訳なさそうにルーシアに言う。
「俺も、このような歓待、心より感謝する」
ヤギも一応礼は言うが、その目の前の皿に乗っているのは、山盛りの生野菜だった。こいつはメイドに頼んで、特別メニューにしてもらったのだった。菜食主義者だと説明していたが、ようするにただの草食動物ですやん、お前?
なお、推定二百キロの巨体ながらも、やつは今、きちんと椅子に腰かけていた。大丈夫か、椅子。
「……勇者様ご一行にお喜びいただき光栄です」
と、みんなの言葉に答えるルーシアは、やはり不機嫌そうで、その言葉遣いもトゲトゲしかった。勇者様ご一行って言い方もなんだよ。ただのクラスメートの集まりじゃねえかよ。
まあ、とりあえず俺も食うか……。もぐもぐ。うん、やっぱうめえな、この家の料理。金持ちの家だけに、素材も料理人の腕もいいんだろうなー。もぐもぐ。
と、がっつりメシを食っていると、突然俺はメイドのおばさんに肩を叩かれ、耳打ちされた。なんでも、話があるのでちょっと廊下に出てきてほしいということだろう。人が食ってるときになんだよ、もー。しぶしぶ、そのメイドのおばさんと一緒に廊下に出た。
すると、そこには屋敷中から集められたらしい使用人たちが勢ぞろいしており、俺を見るや否や、いっせいに頭を下げてきた。
「勇者アルドレイ様、ようこそラッシュフォルテ家にお越しくださいました!」
「あ、ああ……」
なんだよ、こいつら俺にあいさつしに来ただけかよ。うぜーな、おい。
「つか、この屋敷ってこんなにたくさん人がいたんだな。それなのに、客の対応に出てきたのは、こっちのおばさんだけ――」
「ああ、それはルーシア様に言いつけられてのことですわ、勇者様」
と、当のメイドのおばさんが俺の疑問に答えた。
「今日はお客様とお二人だけで気楽に過ごされたいということで、わたし以外の者は表に出てこないように言われていたのです」
「そ、そう……二人だけで気楽に、ね……」
あの女、どんだけあの男を食う気マンマンだったんだよ。本気すぎて引くわ。
「本来ならば、当主のカセラ様、ならびに次期当主のレクス様にもお会いしていただきたいところですが、あいにく今夜はお二人はともにお出かけになっておられるのです。せっかく勇者様がお越しになってくださったのに、なんと失礼で間の悪いことでございましょうか」
「いや、そういうのはもういいから」
ルーシアの家族とか、正直会いたくねえし。
「まあ、話は分かったよ。ようはみんな、俺にあいさつしたかったけだろ。こっちこそよろしくな。うまい飯ありがとな。じゃあ、俺はそろそろ戻る――」
「お待ちください、勇者様!」
と、食堂の方にまわれ右したところで、メイドのおばさんが俺の前に回り込んできた。バスケのディフェンスのように。
「なんだよ、まだ何かあるのかよ」
「はい。実はわたくし、勇者様にお尋ねしたいことがございます。あの男のことです」
「あの男?」
「ルーシア様が教師と呼び、大変お慕いしているような雰囲気の男でございます」
「ああ、リュクサンドールのことね」
「そうです! 今日は本来の予定であれば、あの男とルーシア様はほぼ二人きりで過ごされる予定でした。しかし、わたくしがさきほどからじっくり拝見させていただいたところ、ルーシア様にふさわしい殿方のようにはまったく思えないのです!」
メイドのおばさんは目を鋭く光らせてながら鬼気迫る表情で言う。
「あの殿方は背格好や顔立ちこそ秀でておいでですが、立ち居振る舞いには頼りなさしかありませんし、話し方にも気の抜けたところしかありません。さらに、全身からはそこはかとなく貧乏くさい気配がにじみ出ており、おそらくはお嬢様がご用意されたと思しきあのコートを自然に着こなせてはいません。一見したところ、馬子にも衣装という感じでサマにはなっていますが、上流階級の方たちを見慣れているわたくしにはよくわかります。彼はきっと、普段はもっと粗末な身なりで、あばら屋のようなところに住んでいる類の人間なのでしょう?」
「あ、はい」
鋭いなこのババア。ドンピシャじゃねえか。
「ああ、やはりそうなのですね! なんということでしょう! そんな間抜けで貧乏で卑しい男に、ルーシア様が懸想されているとは!」
メイドのおばさんはこの世の終わりのように真っ青な顔になった。近くに立っている他の使用人たちも同様にショックを受けている様子だった。いや、そんな驚くことか、コレ? いいところのお嬢さんがダメダメ男に入れ込むとか、よくある話じゃんよー。
「勇者様、お願いします。どうか、あの男に関して知っていることをすべてわたくしたちに教えてくださいませ!」
「え、すべて?」
「はい! 今後の対策に活用しますので、ぜひ!」
メイドのおばさんは俺にずいっと迫ってきた。他の使用人たちも俺をすがるような目で見ている。
「ちっ、しゃーねーな」
かくかくしかじか。断るのもめんどくさいので、あの男について知っていることを全部彼らに話すことにした。
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