219
ルーシアの家の食堂はやはり広々としていて立派だった。テーブルも大きく、一度に二十人は同時に食事がとれそうだった。
ホストであるルーシアはその上座と思われる端っこの席に座り、そのすぐ隣にリュクサンドールを座らせた。一方、俺たち三人はそこから遠く離れた席にまとめて座らされた。なんだこの露骨な扱いの差。伝説の勇者様相手に、ちょっと感じ悪すぎなんですけどー?
やがてメイドのおばさんが料理を運んできたが、俺たちは当然スルーでルーシアとリュクサンドールのぶんだけだった。俺たちにはお茶だけだった。まあ、何もないよりはマシか。
料理は、まるでカリオストロ伯の朝食のように豪華だった。そのおいしそうなにおいが、俺たちのいるところにもただよってきて、イライラした。くそ、だんだん腹が減ってくるじゃねえか。
「こんなちゃんとした食事は久しぶりです。ありがとうございます」
リュクサンドールは特に食い物にはこだわりがないようで、出された順番に料理をパクパク食べているようだった。
「先生、こちらの牡蠣は、今朝水揚げされたばかりのものなんです。新鮮で瑞々しい味わいでしょう?」
「あ、はい、おいしいですね」
ルーシアの問いにリュクサンドールはさも適当に答えた。
「では、こちらのパンはどうでしょう? 一切の農薬や育成魔法を使わず、ありのまま自然のままに育てた小麦から作られた、オーガニックブレッドですよ」
「あ、はい、これもおいしいですね」
「このステーキの肉なんて特に素晴らしい味わいでしょう? 牛肉なんですが、一般に庶民向けに出回っている乳牛の肉とは違って、食肉用の牛の肉なんです。はじめから食肉にするためだけに育てられた、特別な品種の牛の肉なんですよ。もちろん餌も特別なものを与えていますし、出荷前にはバイオリンの演奏を聞かせてリラックスさせ、肉をさらにやわらかく上質なものにしているそうです」
「あー、はい、確かにおいしいですね」
豚に真珠とはまさにこのことだ。リュクサンドールのやつ、さっきから料理の味について「おいしい」としか言わねえ。おそらく普段からろくなものを食っておらず、繊細な味の違いなんて何もわからない貧乏舌なんだろう。
これじゃ、せっがくの厳選素材を使った料理が台無し……でもなさそうだった。見ると、ルーシアのやつ、うまそうに料理を口に運んでいるリュクサンドールをうれしそうに見ていやがる。くそっ、ますますイライラするなァ! 俺を差し置いて、二人だけの時間を満喫してるんじゃねえよ。
「なんか、においだけだとおなかすいてくるねー」
と、フィーオもそんな二人の食事風景を物欲しげに見ているようだった。菓子をたらふく食って満腹じゃなかったんかい、お前。
まあいい。俺たちは今、同じ気持ちだってことだからな……フフ。
「フィーオ、せっかくだし、ちょっと味見させてもらおうぜ」
俺はフィーオの肩をたたき、一緒にルーシアたちのところに行った。
「……あなたがたのお食事は用意されていないと、先ほどお伝えしたはずですが?」
ルーシアは俺たちを見るや否や、めちゃくちゃ不機嫌そうに顔をしかめた。こっち来るなと言わんばかりの表情だ。
「いやー、二人の話がこっちにも聞こえて来てさあ、なんかすごい料理らしいじゃない? どんな味か気になって気になって」
と、フランクに微笑みかけながら、すばやくルーシアの皿から肉を奪って口に放り込んだ。もぐもぐ。うーん、確かに肉汁たっぷりでジューシーでやわらかくていいお肉ですわー。
「あ、あなたという人は! いきなり手づかみで人の皿から肉を奪うなど、はしたないにもほどがあるでしょう!」
「うっせーな。お前、誰のおかげで美味い飯が食えてると思ってんだよ。伝説の勇者様のこの俺が二回も世界を救ってやったおかげだろうがよ」
「いや、それとこれとは話が別――」
「じゃねえよ。世界が平和だからこそ、毎日の飯が美味いんだぞ! 世の中そういうふうにできてんだよ! ほら、フィーオもこれ食って世界の平和の味をかみしめろよ」
「わーい、いっただきまーす」
フィーオも続いてルーシアの皿に残った肉をぺろっと食べてしまった。
「うわあ、おいしーい。アタイ、こんなお肉食べたのはじめてかも! ルーちん、ありがとう!」
「だ、だから、これはあなたたちが食べていいものでは……」
ルーシアは俺たちの傍若無人極まりない行動に怒りで体をわなわなと震わせているようだ。うっふっふ、いいねいいね、その顔。なんせ俺ちゃん、お前様のこういう顔が見たくて遊びに来たんだからさあ。
と、そのとき、突然、
「ルーシア様、今のこのお方の話は本当ですか!」
メイドのおばさんが血相を変えてこっちに近づいてきた。
「今、わたくし確かにお聞きしました。こちらの、この一見さえない、ぱっとしない、品性のかけらもない少年が、世界を二回も救った伝説の勇者様だと! もしかすると彼は、最近巷で騒がれている伝説の勇者アルドレイ様の生まれ変わりだという少年なのですか?」
どうやら、このメイドのおばさん、俺が何者か今まで気づいてなかったらしい。あれだけ派手に身バレかましたのになあ。
「ええ、一応はそういうことになっていますわ」
ルーシアはいかにもめんどくさそうに答えたが、
「では、このような扱いはもってのほかではないですか!」
メイドのおばさんはそんなルーシアにガチ切れしたようだった。
そして、
「ああ、わたくし、愚かにもあなた様が伝説の勇者様だとは知らず、とんだ無礼な対応をしておりました。心よりお詫び申し上げます。どうか、ルーシア様の今の不届きな発言もお許しくださいませ」
なんかめちゃくちゃ腰を低くして謝り始めた。なんだこの唐突な手のひら返し? そこまでされる必要もないが……まあ、この際、いいか?
「いや、いいよ。俺は別に今のはそんなに気にしてないから。ただ、やっぱりお茶だけで居座るのもバツが悪いっていうか、手持ち無沙汰っていうか――」
「あ、はい! すぐに勇者様たちの晩餐もご用意しますので、お待ちください!」
メイドのおばさんはそう言うと、食堂を飛び出して行ってしまった。
「なあなあ、お前のところのメイドのおばさんが、あるじのお前の意志をガン無視して俺のためにご飯を作ってくれるらしいんだけど、お前としては何か言うことある?」
「……べ、別に」
ルーシアは鬼のような形相で俺をにらんでいる。
「だよねー。お前、どさくさにメイドに不届きとか言われちゃう、ダメダメあるじだもんねー」
俺は高笑いした。あっはっは、ざまぁないな! 正義の勇者様はいつだって勝つってもんよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます